目次

20~30代で急増している子宮頸がん前編では、基本的な治療方法と現在の検診の状況などについて紹介しました。では、そもそも子宮頸がんの原因ウイルスであるHPV(ヒトパピローマウイルス)とはどんなもので、なぜ感染するのでしょうか。また、妊娠や出産を望む患者さんの治療法にはどのようなものがあるのでしょうか。前編に引き続き、後編でも国立がん研究センター中央病院婦人腫瘍科の加藤友康先生に20代前半の女性記者がインタビューを行いました。

お話を伺った先生の紹介

「HPV感染=子宮頸がん発症」ではない

手をつないだカップル-写真

―子宮頸がんの原因といわれるHPVとはどのようなものですか。

ヒト乳頭腫ウイルス(HPV)は150種類以上のタイプがあり、皮膚にイボを作る皮膚型と性器周辺に感染する粘膜型(約40種類)に大きく別れます。この粘膜型は性交渉で感染するウイルスです。粘膜型はさらに発癌性のあるハイリスク型(約15種類)とコンジローマの原因となるローリスク型に分かれます。ハイリスク型のうち16型と18型と呼ばれるものが子宮頸がんの主な原因とされています。性交渉があれば、8割の方はこの粘膜型ウイルスに一時的に感染するといわれています。感染しても多くの場合は自然に排除され、それでも残ったものの一部が子宮頸がんの原因となります。

このHPVは、子宮頸がんだけではなくて肛門がん陰茎がん咽頭がんといった様々ながんの原因にもなり得ます。このウイルスは女性の外陰部や男性のペニスや陰嚢などに広く存在するのでコンドームによる感染予防の効果は否定されています

―子宮頸がんには「性交渉の経験が多い女性の病気」というイメージがありますが、実際にそういった傾向はあるのでしょうか。

不特定多数の相手と性交渉をする人や性経験が早かった人はかかりやすいと思われがちですが、そういった特徴はあくまでHPVの感染リスクを高める原因に限られます。セックスパートナーが増えればウイルス感染のリスク自体は増えるので、そういった偏見はこの事実から発生しているのだと思われます。

実際は、性交渉の経験が一度でもあれば、一時的にですがほとんどの方がHPVを持っています。しかし感染しても、子宮頸がんを発症する確率は千分の一以下といわれています。“HPV感染=子宮頸がん”ではないということです。ウイルスを持っていない複数人と性交渉をしても、子宮頸がんにはなりませんが、一方でたまたま初めての相手がHPVの16型や18型を持っていたら、その後性交渉しなくても子宮頸がんを発症する可能性はあります。

また、HPVに関係なく発症する胃型腺がんというタイプの子宮頸がんも存在するため、性経験がないにも関わらず子宮頸がんを発症するケースさえあります。

―自分がHPVを持っているか調べる方法はありますか。

現在、日本の子宮頸がん検診で行っているのは細胞診だけです。しかし、そこで異常が見つかったとき、その細胞が子宮頸がんに進む可能性があるのか、それとも一時的なものなのかを調べるときにHPV検査を行います。

また、市販されている自己検診キットのなかには自分でHPVの検査を行うこともできます。自分で行うとなると、頸部にある本当に採取すべき部分ではない箇所から、変性した細胞を取ってしまう可能性が高くなります。こういった細胞では正しい診断ができないため、専門家の学会では自己検診の精度は否定されています。そのため、こういった商品には必ず「医療機関での検査をお勧めします」という表記がなされています。

ただ、私個人の意見としては、こういった自己検診でも受診率を上げるための打開策の一つになり得るのではと思っています。がんや異形成の細胞を指摘することは困難ですが、HPV感染の有無を調べることはできます。現在、がんが既に進行した段階で見つかったために、子宮やリンパ節を摘出しなければならない若い患者さんが多くいます。それでも検診に来る女性は、全体の2-3に留まっていてなかなか増えません。そのような中で、自分で気軽にHPV検査を行って、HPV陽性の結果が帰ってきたら病院に行かなきゃ」と感じるきっかけを作れるのではと感じています。

性交渉を開始したら検診を

子宮頸がんの罹患数-図解

―治療をする上で子宮を取るという選択は、とても難しい決断ですよね。

女性が社会進出したことで晩婚化・晩産化が進んだことによって、子宮頸がんに一番なりやすい30代という年代と、多くの女性が妊娠を考える年代が重なるようになってきました。

以前は、子宮頸がんを発症するころには既にお子さんのいる患者さんが多く、子宮や卵巣を摘出する治療にも前向きな面がありました。しかし晩産化が進んだ今、発症時に出産経験のない女性が多くいます。そういった方々のなかには「将来子供を持ちたい」という思いを捨てきることができない方が多くいらっしゃいます。

「放射線治療に切り替えたら、子宮を残せる」と思われる方もいますが、放射線を当てた場合、子宮を残せたとしても臓器としては機能しません。特に卵巣は特に放射線に敏感なので、放射線治療を始めると1週間ほどで機能が落ちていきます。

また子宮摘出の前に、卵巣組織卵子を採取し凍結保存しておきたいと希望する患者さんも少なからずいます。しかし、現在の日本では代理母は認められていないので現実的ではありません。

―やはりステージが進んだ場合の有効な治療は、子宮を摘出するしかないのでしょうか。

2cm径以下のIB1期に限り、子宮頸部のみを取り除いて、膣と子宮体部(胎児が育つ部分)をつなげる広汎子宮頸部全摘術があります。この手術では子宮体部を残すことで、将来も妊娠できる状態を保てます。

子宮頸部は妊娠時、赤ちゃんが出てこないように子宮の入り口を閉じる役目を持っています。手術で頸部を取ると早産になりやすくなるため、出産までの数ヶ月は入院する必要があります。産科での管理が求められるのでこの手術を行える病院はまだ多くありません。また、お産を扱わない病院では産科のある病院と連携しなくてはなりません。

この手術を希望される患者さんは多いです。しかし術中にリンパ節への転移が見つかれば、事前に同意していただいた上で、必ずその場で子宮を摘出する広汎子宮全摘出術に切り替えます。リンパ節への転移がある人とない人では、その後の経過に大きく差が出ます。若い方が子宮を残したいと思う気持ちを尊重するのも大事ですが、まずはステージに応じた正しい手術を行うことが第一です。

―ステージが進行する前に子宮頸がんを発見するには、どうすればよいのでしょうか。

繰り返しになりますが、定期的な検診を受けることが重要です。HPVに感染しても、実際にがん化するまでには10年ほどかかるといわれています。なかには3〜5年ほど経ってから発症するケースもあるといいます。こういったがんになる前の段階発見するために、性交渉を開始したらその時から検診に行くことをお勧めします。一般的に、20歳以上で2年に1回の検診が推奨されています。

我々としても妊娠や出産をしたい患者さんに応えるべく、先に挙げた妊孕性(妊娠する能力)を残すための手術を施すなどの工夫を行っています。しかし、進行が進んでいると再発や転移を考え、標準治療として子宮を取らなければいけないケースはどうしても出てきます。将来の出産を希望する方には、初期の段階で発見することの重要性を知っておいてもらいたいです。

取材後記

「なにか症状が出たら病院に行けばいい」―。このような感覚は誰しも持っているのではないでしょうか。また婦人科については「妊娠した時に行くところ」というイメージを持ってしまいがちです。しかし、症状が出たときには既に進行し、妊娠の可能性を残せない状態に陥っていることもあるのが子宮頸がんの怖いところです。

仕事や出産のタイミングについて多様な選択ができるこの現代。だからこそ、自分が妊娠を考えている時期にはどんなリスクがあるのか若いころから一人ひとりが知っておくことが必要だということを感じた取材でした。