日本国内の血友病患者さんは約6000人といわれています。珍しい病気ですが、かつて十分な治療法がなかった時代には、患者さんの平均寿命は20歳に満たないほどの深刻な病気でした。しかし一方で、目覚ましい治療技術の発展を遂げてきた病気でもあります。

血友病治療の「これまで」と「現在」について、治療薬の研究開発をおこなっている製薬会社の方のお話を元にまとめました。

目次

血友病治療のこれまで

血友病とは?

私たちのからだには、血液を固めて止血をするための機能が備わっています。血友病の患者さんの場合、この止血を行う機能のうち凝固因子と呼ばれるものの一部に不足があることで、血液が固まりづらくなり止血に時間がかかります。

「かつての」血友病

血友病はかつて有効な治療法もなく、成人する前に亡くなってしまう患者さんも少なくない病気でした。ちょっとした出血でも止血が難しく、普通の人にとっては問題とならない出血でも、患者さんの場合には致死的な出血につながることがあったのです。

「血が止まらない」「血が止まりづらい」という症状は、患者さんの生活を大きく制限します。出血を防ぐために、運動やからだを動かす仕事は控えなければなりません。また、関節出血といって関節内に出血が起きてしまうと、関節に腫れ・痛みが出ることもあります。出血は日常のちょっとした動作による小さいものでも問題となることがあるうえ、関節出血を何度も繰り返すことで、次第にその関節が動かしづらくなり(血友病性関節症)、車椅子生活を余儀なくされる患者さんもたくさんいました。

「現在の」血友病

現在、血友病治療の技術は劇的に進化・改善され、患者さんは健常者の方とほぼ同じ寿命を全うできるほどになっています。適切な治療を受けていれば、普通の人とほとんど変わらない生活が可能です。患者さんの中には、野球や登山などのスポーツを楽しんでいる方もいるようです。

以下では、血友病の治療法が発見されてから現在に至るまでの歴史と、それぞれの治療法のしくみについて振り返ってみたいと思います。

出血から止血まで、「凝固因子」のはたらき

そもそも、この「凝固因子」とはどんなものなのでしょう?

私たちのからだは出血をすると、「凝固系」という血液を固める機能がはたらき止血を行います。止血には、血管、血小板、凝固因子の3つの要素が必要です。血友病では、この凝固因子に異常が認められます。

凝固因子は最終的に、フィブリンという物質をつくります。血小板は土嚢(どのう)、フィブリンはこの土嚢の間を埋めるセメントの役割を果たし、止血が完了するのです。凝固因子に異常があると、フィブリンができないため十分に止血を行うことができません。その結果、止血に時間がかかってしまいます。

血友病の止血のしくみ

凝固因子は、物質としてはたんぱく質です。1~13番まで番号がついており、それぞれの物質がバケツリレーのように反応をつなげます。

凝固因子の反応

血友病患者さんの場合は、凝固因子のうち第Ⅷ(8)因子・第Ⅸ(9)因子が不足・欠乏しています。第8因子が足りない場合を血友病A、第9因子の場合を血友病Bといいます。このため、健常者の方に比べると凝固因子活性(凝固因子が血を固めるはたらきの程度)が低い状態です。その結果、血が固まりづらく血が止まりづらいという症状が出ます。

治療薬の変遷

血友病治療の出発点は、出血への対症療法としての輸血です。その後、「患者さんに不足している凝固因子である第8因子・第9因子を補充する」という方法に転換します。治療法が転換され、因子を補充する治療法が洗練されていく中で、どんな問題が解消されていったのでしょうか?

「輸血治療」により、因子を補充することが可能に

1900年代前半、血液型の発見により輸血治療が安全に行えるようになりました。患者さんの失血死を防ぐ初めての有効な手段です。しかし、大量の血液が必要になる場面では、血液が足りなくなってしまいます。また、輸血用血液の保存ができるようになるといった技術向上があったものの、輸血では必要な凝固因子の補充追いつかないこともあり、輸血による治療には限界がありました。

血漿成分を細分化「血漿分画製剤」「凝固因子凝縮製剤」

次に登場したのが、血漿(血液の液体成分)成分のうち凝固因子を多く含む部分を取り出す技術を利用した血漿分画製剤です。この製剤が登場したのが1950年代です。血漿分画とは、血液の液体成分である血漿に化学的な処理を加えさらに成分を細分化したものです。

コーンⅠ分画製剤と呼ばれる製剤で、患者さんへの効果は限定的であったものの、大量の血液が必要となる投与量の問題を改善するための第一歩となりました。その後、さらに細かい血漿分画の抽出に成功し、血友病Aに対するクリオ製剤、血友病Bに対するプロトロンビン複合体製剤が開発されました。

こうして、製剤の投与量を少なくする工夫が重ねられていきます。1970年代になると、凝固因子を高濃度に濃縮させた凝固因子濃縮製剤が作られるようになります。血漿を投与しただけでは効果のなかった重症型の患者さんにも効果があり、画期的な製剤の登場でした。

ところが1980年代、製剤感染症の問題が浮上します。凝固因子濃縮製剤には、クリオ製剤などに比べてたくさんの人の血漿を集めているために、その中に感染者が紛れ込む頻度も高くなったのです。当時、患者さんの4割以上がHIV、9割以上がC型肝炎ウイルスに感染したとされています。製剤感染症が原因で命を落とした患者さんもたくさんいました。

「遺伝子組換製剤」により安全性が飛躍的に向上

製剤感染症の問題を受け、製剤の製造工程中にウイルスを不活化(ウイルスの毒性を失わせること)させる工程が加えられるようになります。加熱処理、有機溶媒・界面活性剤処理などによる方法です。また、肝炎検査の精度向上により、集められる血漿のスクリーニングが厳重に行なわれるようになり、より安全な製剤が作られるようになりました。

現在では、遺伝子組換製剤が主流となっています。これは、遺伝子組換の技術により凝固因子が作られる方法です。他人由来の血漿を材料としないことで、HIVやC型肝炎ウイルス以外の未知の感染症へのリスクも取り除くことができます。また、より成分を濃縮することでさらに投与量を少なくしたり、製剤の効果が持続する時間を延ばしたりすることにも成功しています。

治療方針の転換

開発が続けられてきた製剤ですが、その製剤をどのように患者さんに投与するのかという、治療の方針も変化してきました。治療は主に、次の3つの方法があります。

  1. オンディマンド治療
  2. 予備的補充療法
  3. 定期補充療法

治療のための製剤が開発されたごく初期に行なわれていたオンディマンド治療は、出血した際に凝固因子を補充するというものです。さらに出血した後ではなく、体を動かすときなど、出血が想定される場面で予防的に因子を補充しておく予備的補充療法が取り入れられるようになります。

出血への有効な治療法が発見されたことで、治療の環境は大きく改善されました。しかし、これらの治療法は日常的な出血を未然に防ぐものではなく、患者さんは依然として、関節出血・血友病性関節症による生活上の制限や不便を容認せざるを得ない状況でした。

治療法は次第に、症状が出たとき・出そうなときに行う処置的方法から、普段から出血を起こさないようにする予防的方法へと変化します。現在は、因子を定期的に補充することで、出血自体を予防しようとする定期補充療法が主流です。幼い頃から定期補充療法を行っている患者さんでは、年間の出血回数の中央値はほとんどに0近い値です。日頃の関節出血を防ぐことで、血友病性関節症の予防にもつながっています。

まとめ

血友病の有効な治療法の発見から、定期補充療法が導入される今日までの歩みは、製剤を濃縮することでより使いやすいものとし、また安全性を向上させていく段階だったといえるでしょう。

かつては治療法もなく、若い頃に出血死に至る患者さんがいたことを考えれば、安全な製剤による治療が可能になったことは大きな進歩です。しかし血友病治療にはまだまだたくさんの課題が残されており、製剤の研究・開発が進められています。

次稿では、現在の治療法が抱える問題と、開発中の製剤に関してお伝えします。