血友病治療の「いま」に関して、荻窪病院血液凝固科の医師・鈴木隆史先生に行ったインタビューです。インタビュー前編では、血友病治療の基本事項に加え、現在使われている製剤について解説していただきました。

現在は、感染症のリスクなどを最小限に抑えることのできる、遺伝子組換え製剤がメインになりつつあるというお話でした。患者さんの治療環境は、この数十年で確実に進化・改善を続けられてきたのです。

さて、インタビュー後編の本記事では、実際の治療の様子について伺います。

目次

お話を伺った先生の紹介

感染症治療薬の開発も好影響、スポーツも積極的に

――血友病について、もっと治療も症状も深刻な病気、というイメージがありました。治療法の開発は目覚ましいものですね。

鈴木先生 現在、患者さんたちは、治療さえきちんと続けてもらえれば、他の人と変わらずに平均寿命を全うできるようになっています。

血友病の治療薬が、より使いやすいものへと進化を続けてきたのと同時に、製剤由来の合併症として問題になっていたHIV感染症やC型肝炎などについても、同様に治療薬の進歩によりコントロールが可能になってきたからです。

――特にC型肝炎は、新薬が出たことが話題となりましたね。

鈴木先生 C型肝炎では従来の注射薬にとって代わり、経口薬による治療薬が開発されました。これにより副作用が軽減されたとともにウイルスのタイプによっては効果が望めなかった患者さんの中にも、肝炎ウイルスの除去・排除に成功した方がたくさん出ています。

一方、肝臓は長い年月ダメージを受けてきているので、たとえウイルスが消失したとしてもその後も経過観察を続けていく必要があります。

――製剤の開発により、患者さん個人個人の状況にあわせた治療の「テーラーメイド化」が進んでいるのですね。部活動などに取り組む患者さんもいらっしゃるとか…。

鈴木先生 個々の患者さんにおいて製剤の効果が持続する時間をきちんと把握し、定期的な注射に加え、活動量が増えるタイミングで注射をすることで、これまではできなかった激しいスポーツなどにも対応できるようになりました。

中には、部活動で全国大会を目指し、毎日激しい練習をしている高校生もいます。そういう人たちは、毎日のように自己注射を必要とします。また、注射をするタイミングも、放課後の練習のときに薬の効果がピークとなるように、練習前に保健室などを使用させてもらい注射をするなどの工夫をしています。

一見とても大変かもしれませんが、運動をすることで筋肉がつき、その筋肉が関節を守ってくれるので、出血をしにくいからだにしてくれる効果もあります。上手に病気・治療と付き合いながら運動をすることでこうしたメリットがありますし、製剤も便利になっているので、現在では患者さんに、他の方と同じようにスポーツも制限なく行うことを推奨している程です。

中には野球選手、アメリカンフットボール選手、正解最高峰であるエベレストを登頂した方もいらっしゃいます。

治療において、実際に患者さんが苦労されていることとは…

――しかし、部活動の前などの注射は自分で行う必要があるのですね。どのように指導されているのでしょうか?

鈴木先生 多くの場合は、治療を開始する赤ちゃんの頃に、今後の治療方針、治療目標などをご家族へお話しするところから始まります。

まずは、出血を起こさないよう今後は定期的に製剤の投与を行いますよというお話、そしてゆくゆくはお母さん・お父さんが注射を覚えて自宅でもできるようにしてもらい(家庭内注射)、最終的にはお子さんが自分でできるようにしましょう(自己注射)、と目標を示します。

患者さん、ご家族が、抵抗なく治療に取り組んでいけるように、少しずつ心の準備をしておいてもらうようにしています。

血友病治療のステップ-図解

自己注射は、まずはお母さん・お父さんが家で注射ができるようになるところから始まります。小学校4~5年生ぐらいから、患者さん本人で注射ができるように指導を開始します。小学校高学年ぐらいになると、修学旅行などがあるので旅行先でも自分でできるようそのタイミングに合わせて、夏休みなどを使って通院あるいは2泊3日の入院などで技術を身に着けてもらいます。

――患者さん、あるいはご家族の方が、こうした自己注射の取り組みに前向きになれないことはありますか?

鈴木先生 なるべくお子さんが自立して、必要なときにはその都度、自分で対処できるようにすることが大切であり目標でもあります。そのためにも、治療開始の段階で今後の治療方針をお話することで、きちんと動機づけをしながら、治療を進めていくことにしています。

それでもどうしても注射のできないことがあります。その際には近くの小児科医にお願いすることになります。しかし、週に何回も通院することはやはり大変ですので、どこか成長の段階で自己注射にもっていくように指導していくことが多いです。当科では毎年サマーキャンプを開催しています。そのときに、年配の患者さんの自己注射を小さな子供たちに見せたりすることで動機づけをさせたり、実際にトライしてもらったりします。

また、思春期を迎えると、自我の発達や反抗期なども出てくるようになり、それまでは従順に私たち医師やご両親の言うとおりに治療をしてきた患者さんでも、治療に対してちょっといい加減になることがあります。これは当科でももちろんどこの国や施設でも困っていることのようです。

そういったときは、無理に言い聞かせようとするのではなく、少しぐらい痛い経験をしてでも、「やっぱりちゃんと注射をしよう」と患者さん本人が自主的に治療に向き合うよう、見守りつつ指導していくことになります。

患者さんを取り巻く社会

――「定期的な注射が必要」ということ以外は、普通の人と何らわらない生活を送ることができるようになった血友病ですが、患者さんが今なお困っていることなどはあるのでしょうか?

鈴木先生 就労時・就学時では会社や学校に自分が血友病であることを伝えたほうがいいのか、思春期では友人や小人などにも自分の病について話すべきかどうか悩むことが多いようです。しかし、基本的には注射さえしっかりしていれば普通の人と何ら変わらずに生活できることを理解してもらう必要があります。

就学や就労時にあえて病気のことを伝えてしまうことで、受け入れを拒否されてしまったなどということもときに訊かれます。血友病はとても珍しい病気なので、全国の学校・会社などの隅々にまで周知するのはどうしても難しく、受け入れがたいものとして捉えられてしまうことがあるからです。

――それでもやはり、病気の理解のために取り組まれていることはあるのでしょうか?

鈴木先生 その都度その都度、学校の先生や会社の産業医の方に、必要な情報を提供し病気を理解してもらえるようお話しをすることもあります。

最近の取り組みとしては、年に一度、小学校の先生を対象に講演を行っています。毎回30~40人ぐらい、先生をはじめ学校関係者の方々が参加してくれます。やはり、血友病の患者さんをクラスの中に受け持つようになると、先生としても強い責任を感じたり心配な部分も感じたりしているのでしょう。私達の役割は、そうした先生方の心の負担を少しでも軽減することです。

また、「どんな病気なのか?」をやさしくまとめたパンフレットなども用意しています。患者さんが特に小さい頃など、周囲のお友達のお父さん・お母さんに渡して読んでもらうことで、病気を理解し不安を取り除いてもらえればと思っています。

――記事を読んでいる方に、メッセージをお願いします。

鈴木先生 昔と違い、今の患者さんは健常者の方々とほとんど同じように生活できるようになっています。遊ぶのもスポーツするのも、同じようにできる時代です。

何かあれば、ご家族や医師である私たちがきちんとバックアップ、サポートするということを十分に伝えておくことで、面倒をみてくれる学校の先生をはじめとする様々な人たちも安心して接してくれるものと思っています。私たちが社会に求めることは、「安心して見守っていてください」ということだけです。

編集後記

「現在では、普通の方とほとんど変わらない生活を送れるようになっている」ということを、鈴木先生は何度も仰っていました。

これから治療にあたる方やご家族、初めて患者さんに出会う方にとって、「血友病」という病名に不安を感じてしまうこともあるかもしれません。しかし実際には、医師と協力しながらしっかりと治療に取り組めば、勉強も仕事もスポーツも思いっきり行うことができる環境が整っています。

本記事を通じて、病気に対する不安が少しでも拭えればと考えています。