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口から栄養を摂る―。このごくごく当たり前の行動が、ALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症した患者さんにとっては難しくなります。また、「ALSを発症すると痩せやすくなる」という話も耳にします。栄養をしっかり摂取できず、また痩せやすくなってしまうと、生活に大きな影響が出ます。

ではALSの患者さんはどうやって栄養管理に取り組めば良いのでしょうか。今回はALSと栄養管理について、康明会病院(東京都日野市)院長で神経内科専門医の平井健先生に伺いました。

ALSで重要なのは痩せないこと。「胃瘻」はそのための手段。

康明会病院・平井健先生康明会病院の平井健先生

――「ALSの患者さんは痩せやすい」といわれますが、なぜでしょうか?

病気によって食べる動作が難しくなりその結果食事量が減ること、また病気自体により筋肉が減ること、さらに代謝が活発になるメカニズムなど様々な可能性が指摘されています。

健康な人は食事の際にその行為を意識することはありませんが、実際は種々の筋肉の複雑な組み合わせにより成り立っています。口や舌のみならず、喉の筋肉、また手や体幹の筋肉などがうまく協働して食事という動作を成り立たせています。

ALSの患者さんは噛む力・飲み込む力が弱くなる嚥下障害だけでなく、あらゆる運動に障害がおこるため、その経過中固形食から流動食へといった形態の変更や食事をとるための介助などが必要になります。その結果、身体的のみならず精神的にも負荷が生じ食事量が減少することとなります。

またALSでは筋力低下により健康時には意識する必要のなかった動作に努力が必要になります。例えば呼吸が障害された場合、健康な人の全力疾走時にみられるような息切れ様の呼吸が出現します。こういった状況では代謝亢進つまり必要栄養量が増えるため、今まで以上に栄養を摂らなければなりません。

これらの理由で痩せていくのではないかとされています。

 

――痩せていくと患者さんにどういった問題が起こるのでしょうか。

体重減少は病気の進行と関連するというデータがあり、痩せていく患者さんは病気の進行が早いということに他なりません。また栄養というのは人間にとって車のガソリンと同様です。その不足により、気力・体力が低下し、十分な社会参加やリハビリ参加が困難になることは避けなくてはなりません。さらに皮下脂肪が減り体の痛みが出やすくなることを避けることも重要です。

――栄養管理について、患者さんにどう説明していますか。

医師として基本的な考え方は上記の理由から「痩せさせない」ことです。まず「しっかり食べましょう」と伝え、早い段階で胃瘻(いろう)のことも伝えていきます。

胃瘻は、ほぼ全ての方が「延命」というネガティブなイメージで捉えられており、ALS診断後から胃瘻が必要であるという説明を前向きに捉えられる人は非常に稀です。医療者としては、この疾患の診療ガイドラインにもある通り、胃瘻は薬やリハビリ以上に大きなになることを伝えていかなければなりません。

「胃瘻=延命」という価値観とのギャップを早い段階から埋めて、「痩せさせない」ために栄養が必要であること、そして胃瘻がその手段であることを納得していただくこともこの患者さんを診ていく我々医師の重要な役割と思っています。

短期的にはマイナスでも、先を見据えた判断を

――胃瘻はALSの治療のために必要なものなのでしょうか。

胃瘻は栄養補給の観点だけでなく、生活の質にも関わってきます。

胃瘻造設をしたからといってその時から食べられなくなるわけではありません。近年はガイドラインに沿って早期に胃瘻造設をされる方も増え、造設後も口から食べ続けている方が大勢いらっしゃいます。また好きなもの・食べやすいもののみ口で味わって、それ以外は胃瘻から栄養を摂るという様な、栄養補給の選択の幅が広がることは大きな強みだと思います。

先程述べてきた通り、ALSの患者さんは食べる行為が難しくなります。その状況で無理をして口からの食事に執着することは、返って栄養不足や誤嚥さらに誤嚥性肺炎の原因となり、在宅療養生活の破綻へとつながりかねません。

一般的に胃瘻を造設する際は入院が必要です。また手術で痛い思いもしますし、その合併症もゼロではありません。このことは、患者さんにとって短期的にはマイナスでしょう。しかし、上に述べたとおり、入院を好まない方だからこそ胃瘻を利用し、安定した在宅療養の可能性を探って欲しいと思っています。ALSという進行性の病気とうまく付き合っていく上では、目の前の損得のみならず、病気が進行した時期まで見据えたトータルの生活の質を見ていく必要があります。

繰り返しますが、胃瘻にしたからといっていきなり口から食べられなくなるわけではありません。症状の進行と患者さんの希望に合わせた栄養摂取の選択を広げる道具であることを理解してもらいたいと思っています。

また治療と直接関係するわけではありませんが、介護者の負担という視点から、胃瘻が負担軽減に繋がることもぜひ知っておいてください。

――胃瘻以外で胃に栄養を届ける方法はありますか?

鼻から細い管を通して胃瘻同様に直接胃へ栄養を入れる経鼻栄養という方法、それから太い血管に点滴を入れる中心静脈栄養という方法もありますが、どちらも胃瘻よりも勧められる方法ではありません。

経鼻栄養は鼻の違和感や美容の問題、交換時の危険性など、長期的なQOLは胃瘻の方が上回ります。また中心静脈栄養も栄養学的にそして管理上の危険性からもやむを得ない場合に限ると思います。

――胃瘻が造れない方もいらっしゃるのでしょうか。

一般的には、呼吸機能が通常の半分以下の数値になっていると、胃瘻造設の手術は危険性が高くなるとされており、胃瘻を希望された時には既に造ることが難しくなっている例は稀ではありません。また、がんなどで胃を切除している患者さんなど、身体的な理由で胃瘻が造れない場合もあります。

――ALSが診断に時間がかかりやすい点や進行性の病気である点を踏まえると、患者さんは胃瘻のことを早い段階で意識していく必要性を感じます。

これは提供する医療側の問題ですが、かかりつけ医と(神経内科医の)専門医との連携を一歩進ませる必要があると感じています。ALSは移動に困難を生じする疾患です。このため、胃瘻造設の意思決定には、進行期の患者さんへの対応を担うかかりつけ医が遠方の専門医よりも重要と思っています。

胃瘻は医療関係者においても、先ほど言及した「胃瘻=延命」という理解が多数派であり胃瘻造設へ積極的な意思決定支援をすることは困難です。ALSという稀な疾患だからこそ医療者側だけでなく患者さん側からもこれまで以上に疾患や胃瘻などの医療処置を理解するという努力が必要と考えています。

最後になりますが、医療者が患者さんと胃瘻造設について議論を交わその意思決定支援すること自体が、医療者と患者さんとの関係構築に重要な役割を果たすと思っています。

今回の内容が、胃瘻=延命というこれまでの捉え方を見直すきっかけになることを期待しております。

取材後記

病状が進行すればからだが動かせなくなるALS。口も例外ではなく、食事を口から満足に摂れない辛さは相当だと感じます。そういった状況で、普段はネガティブな印象を持たれる胃瘻が、ALSにおいては非常に重要な意味を持つことを知りました。胃瘻で悩む患者さん、そして患者さんのご家族にとって、今回の情報が決断のサポートになることを願っています。

※医師の肩書・記事内容は2018年2月27日時点の情報です。