ALS(筋萎縮性側索硬化症)という病気をご存知ですか?
10万人に1.1~2.5人の難病といわれ、あまり馴染みはないかもしれませんが、2014年に注目されたアイスバケツチャレンジや、今年(2018年)3月に亡くなられた物理学者のスティーブン・ホーキング博士が罹患されていた疾患としてもご存知の方も多いと思います。
ALSとはどのような病気なのでしょうか?詳しく解説します。
ALS(筋萎縮性側索硬化症)とは-運動神経細胞の病気

人間の身体は脳や末梢神経からの命令によって筋肉を動かしています。筋肉には機能的に分けて二種類あり、自分の意志で動かせる随意筋(骨格筋)と、内蔵など意志とは関係なく動く不随意筋(平滑筋、心筋)があります。このうち、全身の随意筋を動かす命令を伝える役割を担う細胞が、運動神経細胞(運動ニューロン)です。
ALSはこの運動ニューロンが侵される病気です。
一方、知覚神経や自律神経が侵されることはほとんどなく、五感(視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚)や、心臓、消化管機能に影響はありません。
人間の神経の分類
神経系 | 体性神経 | 随意的に骨格筋を動かしたり、 感覚を生じさせたりする神経 |
知覚神経 運動神経(運動ニューロン) |
自律神経 | 内臓の活動を不随意に コントロールする神経 |
ALSという病名の由来
- Amyotrophic (アミオトロフィック):筋肉が痩せること(筋萎縮)
- Lateral (ラテラール):側部を意味し、脳から下りてくる神経細胞が脊髄の左右の側面(側索という場所)を通ること
- Screlosis (スクレローシス):硬くなって働かなくなってしまうこと
のそれぞれの頭文字をとってALSと呼ばれています。
ALSの症状
運動神経が障害される
ALSの初期症状は大きく2つのタイプがあり、はじめに手足が動きにくくなるタイプ(全体の3/4程)と、話しにくくなったり、食べ物が飲み込みにくくなったりするタイプ(全体の1/4程)があります。
文字が書きにくい、箸が持ちづらいという細かな症状から、次第に大きな筋肉を動かしにくくなり、腕が上がらない、歩きにくいという症状に進行し、動かなくなった筋肉はやがてやせ細っていきます。
ALSが進行すると、手足の運動障害、言語のコミュニケーション障害、嚥下障害の3つの症状に、 呼吸障害が加わり、4つの症状が全て現れるようになります。
呼吸筋の障害
呼吸を司る臓器は肺ですが、肺自体に膨らんだり縮んだりする機能は備わっておらず、呼吸筋と呼ばれる筋肉の働きに依ります。この呼吸筋の動きに支障が生じると、呼吸が困難になります。
ALSの経過では、手足の症状で始まるタイプと嚥下の症状で始まるタイプがほとんどですが、まれに息苦しさなど呼吸の症状が先行するタイプもあることが知られています。
進行性がある
ALSは進行性の病気で、現在の医療では自然に軽快したり、症状が改善したりすることはありません。また、病気の進行は比較的早く、人工呼吸器を使わない場合、発症から死亡までの期間は2~5年と言われています。しかし、経過には個人差が大きく、中には人工呼吸器を使わないでも10数年の長期間にわたって非常にゆっくりした経過をたどる例もあります。
比較的出にくい症状
ALSは病状の進行に伴って、全身の運動神経の機能が低下してきますが、症状が現れにくいものもあります。そのおもな4つは4大陰性兆候と呼ばれています。
1.眼球運動障害
手足や身体、首、顔が全く動かなくなっても、目を動かす筋肉はある程度残るとされています。
2.膀胱直腸障害
尿道や肛門を締める筋肉も障害を受けにくいところです。尿意や便意も正常にあるため、介助があれば排泄をすることができます。
3.感覚障害
五感(視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚)も障害されにくいため、ものを見たり聞いたりして理解する機能は失われていません。
4.床ずれ(褥瘡)
ALSは次第に寝たきりになっていきますが、床ずれはできにくいといわれています。皮膚コラーゲンに変化が起こることや、血流を支配する自律神経が障害されていないことなどが関与していると考えられています。
ただし、ずっと同じ体勢で寝ていれば、できにくいとはいえ床ずれができる可能性が高いことは臨床的に知られており、定時的な体位交換は必要不可欠です。
ALSと認知症
ALSでは末期まで認知機能が保たれるといわれてきましたが、近年ALSの一部に前頭側頭型認知症を合併することが分かってきました。
ALSに伴う前頭側頭型認知症の特徴は、人格変化や社会行動の異常、無気力無関心などがあり、これらの認知症症状がALS症状に先行するケースが多く、ALS症状が先行する場合や両者がほぼ同時に現れる症例も報告されています。
現在、約9,500人の患者さんがいます(ALSの疫学)

発病率(1年間で新たにこの病気にかかる人)は人口10万人当たり1.1~2.5人で、50歳未満の発症は少なく、60歳代から70歳代で最も発症率が高くなっており、男性が女性に比べて1.2~1.3倍程度発症率が高くなっています。
平成25年度の特定疾患医療受給者数によると、現在国内では約9,500人の患者さんがいます(難病情報センターより)。
ALSの原因は?
ALSは現在のところ原因不明の疾患ですが、その原因を究明する研究は目覚ましく進歩しています。
ALSの中の約1割に家族性ALS(血縁者の中に発症するALS)が認められ、その一部に特定の遺伝子異常が関与することが分かっています。
このような遺伝子異常や特異的な分子異常が関与していることは分かっていますが、どのようなメカニズムで神経細胞死を引き起こすのか、という詳しい原因は解明されていません。
まとめ
ALSは手、足、口~ほぼ全身の運動神経細胞が障害され、筋肉が萎縮していく進行性の病気です。経過には個人差がありますが、ほとんどの場合、呼吸筋の障害による呼吸不全を生じます。
このように患者さんのQOLが著しく損なわれる病気ではありますが、患者さんの生活を支えるための手段も存在します。例えば、呼吸不全の場合には、人工呼吸器等による呼吸補助を行うことで安定した療養生活が可能です。
病気の原因はいまだ解明されていませんが、症状の進行を抑える治療やリハビリ、障害に応じた対症療法などにより、QOLを維持していくことが必要となります。