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筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、全身の筋力が衰えていく神経難病です。手足の筋力だけでなく呼吸する力やものを飲み込む力も弱まるため、患者さんは神経内科だけでなく呼吸器内科、リハビリテーション科(リハ科)など様々な科からサポートを受ける必要があります。しかし、体の動きが次第に制限されていくALSの患者さんにとって、何度も病院に通院することは物理的に難しく、また大きな負担となります。

そうした患者さんの負担を出来る限り減らそうという試みが、多職種連携診療です。東邦大学医療センター大森病院脳神経センター神経内科(東京都大田区)では、この多職種連携診療を目指して「ALSクリニック」を2017年2月に開設しました。今回はALSクリニックの狙いや取り組み、開設に込めた思いなどを同病院の狩野修先生にお伺いしました。

お話を伺った先生の紹介

進行が早いALSはその度に様々なケアが必要な分、時間がかかる

ALSクリニックは、ただの看板だけでなく、効率よく、できる限り1回の外来受診で患者さんをトータルケアするよう目指したものです。

ALSは他の神経の病気と比べても、特に進行が早く、来院するたびに患者さんの状態が変わっていることがあります。その度に呼吸機能や栄養面、リハビリなど様々なケアをしなければなりません。ただ、患者さんからすると移動自体大変ですし、病院に行くまでの車の手配も簡単ではありません。

例えば火曜日に来院して「◯◯の検査は木曜しかやっていないのでまた来てください」と言われるのは辛いものです。また、病院を受診したときには外来にALS以外の患者さんもいますから、待ち時間が発生します。医師側が一生懸命やってもどうしても時間がかかってしまい、お互いジレンマを抱えてしまいます。

これらの状況を改善しようとモデルにしたのが、アメリカでの取り組みです。私が以前勤務していたアメリカの病院では月1回、医師だけでなく、栄養士やリハビリ医、ソーシャルワーカー、治験コーディネーターなどが同じ時間帯に一堂に会してALSの診療に臨んでいました。患者さんは30人程集まって、スタンプラリーのように専門家のところを回っていきます。雰囲気は割りと賑やかで、お菓子が配られたりもしていました。

アメリカにはALSセンターが約80箇所ありますが、患者さんの中には飛行機で来る人もいて、そういった方に「また来週来てください」と言える環境ではありません。必要最小限に来院回数を減らす代わりに、治験に協力してもらうなどギブアンドテイクで成り立っています。

こういった体制は先進国では標準です。しかし、体制を維持するためには費用の問題があるので、アメリカの場合は全米のALS協会からサポートを受けています。

待つだけの時間を有効活用して1日でのケアを実現

うちの病院ではALSクリニックを毎週火曜日の午後に設定しました。金銭的な理由などアメリカでの取り組みをそのまま取り入れることはできませんが、「やれるところはやろう」と。例えば呼吸器ケア外来は毎週やっているわけではなく、第1・第5火曜日の午後に開いています。そのため呼吸状態が良くない人は、来院日を第一火曜日に設定するなど工夫すれば1日でケアの対応ができます。

リハビリやソーシャルワーカーとの面談、栄養士からの指導なども同様です。また、患者さんのメンタルケアも緩和ケアにお願いして、スコアを取って悪ければ教えてくださいというように連携しています。

その他には、これまで外来ではALSの患者さんも含めて30分に4、5人ほど診察していましたが、ALSクリニックでは30分に2人までと決めました。混んでいた場合は、呼吸器の方が空いていたらそちらを先に受診してもらうなど臨機応変に対応しています。

そうすると、患者さんはこれまで待つだけだった時間を有効活用できるようになりました。むしろ患者さんの方が忙しく、僕が待つこともあります(笑)。患者さんと接する時間も以前は5~10分ほどだったのが15分に増えました。(クリニックを)始めた後、患者さんや介護者の方からの反応は良かったですし、受診先を区別したことでALS以外の患者さんの待ち時間を減らすこともできたため、喜ばれました。

今は40名弱の患者さんがクリニックを利用していて、大分県など遠方から訪れる人もいます。これも必要なケアを1日で済ませられるからです。

多職種の協力あっての運営

これまでもALSの患者さんには多職種が関わって診療してきましたが、連携まではしておらず、あくまで神経内科医と患者さん・介護者の関係が中心でした。しかし、繰り返しになりますがALSの患者さんのケアは効率よくいかにアプローチしていくかが重要です。その上では多職種の“連携”が不可欠で、規模は小さくても良いからどうしても実現させたいと思っていました。

ALSクリニックを開設する際、「ALSだけ優遇させていいのか」という声はありました。そのような疑問に対しては、パーキンソン病など他の神経の病気と比べてもALSは進行のスピードが早く、変化に対応できる体制が必要であること、このような診療体制が先進国では標準であること、胃瘻や呼吸器など患者さんの予後を左右する問題には時間がかかることなどを丁寧に説明し、理解してもらえるよう努めました。

実際に1日でケアできるようにするために、自分が橋渡し役となっています。例えばリハビリは本来午前中しか受け付けていませんが、クリニックは午後からです。そのため患者さんの予定が決まったら事前に「次回お願いします」とリハビリテーション科に声掛けして対応してもらうようにしています。

また多職種が連携する診療体制では、各自が一目で患者さんの情報を見ることができるシステムも必要でした。そこで、院内の電子カルテをより確認しやすいように構築し、誰でも情報を更新できるようにしました。併せて月1回、カンファレンスを開いて患者さんの状態や介護者の方に関する情報を多職種間で共有する場を設けました。そうすることで今後の方向性や必要なケアなどが組み立てやすくなりました。

これらのシステムはどこでもできるわけではありません。ALSの患者さんは数が少ないので特別にクリニックを設けるのがそもそも難しいです。また、病院内で暇にしている職員はいないので、ALSだけにあわせることも簡単ではありません。

多職種連携に取り組まれているところは他にもありますが、毎週来院しなければならないところもあるでしょう。大前提は同じ日にできるだけやることです。私たちのクリニックでは皆さんの協力もあって取り組め、限られた資金の中でクリニックを運営することができています。

今後も患者さんへの支援充実を目指して

ALSカフェの様子

2月10日に開かれたALSカフェでは、参加者が思い思いに情報交換。

今回、患者さんたちがいつでも来ていつでも帰れる認知症カフェを参考に、ALSカフェを開きます(2/10開催、本取材は同月6日に実施)。

今はインターネットでALSに限らず様々な情報を得られる時代ですが、調べても分からない、解決できない情報もあります。患者さんの排泄や生理に関することなど、教科書的に書いてはいません。症状も手が強かったり脚が強かったりバラバラで、一概に言えません。経験的に知っている人がアドバイスを送ったり、情報交換ができたりすることが狙いです。こちらは定期的に開いていきたいと思っています。

ALSは患者さん自身が自分の予後を決められるなど、過酷な要求を突きつけられます。こういった病気は何とかしないといけません。将来的に呼吸器の問題は避けて通れませんが、栄養管理やリハビリ、患者さんへの支援体制など、取り組まなければならないことはいっぱいあります。そういった部分を充実させて、進行が早いALSのケアを効率よくアプローチしながら、同時にクリニックに集う患者さんを基に臨床研究を進めて良い結果を還元していきたいです。

取材後記

患者さんのケアを効率よく進める、また実現するためにできることから取り組む―。これらはALSの患者さんや介護する方の負担を減らすこと、進行のスピードが早いという特徴に対応できることを何より一番に考えたものです。ALSは完治するための治療法はなく、進行していく症状に対応していきます。そうした病気だからこそ、ALSクリニックが果たす役割は決して小さくありません。

また、ALSカフェにお伺いすると、患者さんや介護者の方、医療関係者の方など40名以上が参加されていました。専門家による治験やリハビリについての発表の後、参加者が思い思いに自分が置かれている状況、悩みなどを語り合っている姿が肩肘張らない、とても和やかなムードで進んでいる様子が印象的でした。

※医師の肩書・記事内容は2018年3月12日時点の情報です。