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手足や舌、口が徐々に動かなくなり、呼吸筋も障害されていく神経の難病「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」。徐々に進行していく病気だからこそ、「自分はALSかもしれない」と思う期間は長くなります。患者さんとしては早く自分の状態を把握したいかと思いますが、「ALSは診断に時間がかかる」と言われることもあります。本当にALSは診断が難しいのでしょうか。またそうだとすると、なぜなのでしょうか。今回は国立精神・神経医療研究センター神経内科診療部長の髙橋祐二先生に、ALSと診断についてお話を伺いました。

一般的な検査では分からないALS

髙橋先生

ALSの診断についてお答えいただいた髙橋祐二先生

――最初に改めてお伺いしますが、ALSはどのような症状を訴える方が多いのでしょうか。

まずは運動機能が徐々に落ちてくることです。具体的には症状が表れる箇所にもよります。例えば、手から始まる場合は指先の細かい作業ができない、ペットボトルの蓋が開けられない、あるいは高い所の物の上げ下ろしがしづらいといったことが最初の症状であることが多いです。

脚の場合には、歩いていて脚が引っかかりやすい、階段の昇り降りが大変になったなどです。後は口の症状、ろれつが回らなかったり、しゃべりづらかったりすることから始まる場合もあります。そして非常に稀なケースですが、呼吸が弱くなる、息切れのような症状で始まる方もいらっしゃいます。

――「ALSは早期診断が難しい」という話を耳にします。これだけ多彩な症状がありながら、どうして診断を確定する時間がかかるのでしょうか。

ALSは慢性(ゆっくり)に進行していく病気で、脳梗塞のように何か症状がある日急に出て来るわけではなく、徐々に表れてきます。患者さん自身、症状が気になって病院を受診されるまでに一定の期間がかかります。そして、患者さんが「ちょっと動きが悪くなったな」と症状を訴えて病院を受診された段階でも、医師から見ると客観的、特徴的な症状・所見はみられない場合があります。

それから、例えば糖尿病は血糖値を調べれば分かります。コレステロールの数値は採血をみれば分かります。ALSは一般的な検診で行うような検査で引っ掛けることができません。ここが難しいところだと思います。

――ALSは神経内科で診断されますが、他の神経内科で診る病気と診断する上で異なる特徴はありますか。

ALS以外の神経変性疾患でも同じように慢性に進行するものはあります。それでも、例えば多発性硬化症や脳梗塞は画像を取れば所見(特徴)があります。脊髄小脳変性症という小脳の萎縮が徐々に来るような病気も、脳の画像を取れば診断がつきます。一方でALSは、脳のMRI、CTといった画像診断で異常が見つからず、診断できない場合が圧倒的に多いです。

――では一般的な検査で異常が見つからない、でも症状は進行していく中で、どのようにALSを診断していくのでしょうか。

そのような状況になってから患者さんは、紹介状を持って神経内科を受診される方が多いです。神経内科医はこれまでの病歴を聞いたとき、筋力が落ちる病気がたくさんある中、ALSを病気の候補の一つとして考えます。そして神経学的診察、筋肉の腱を叩いたり、筋力を診たりします。その時点で一般の開業医や他の科の医師が判断しにくい所見に気づきます。

診断において最も重要な検査を一つ挙げるとすれば、針筋電図です。筋肉に針を刺して、1個1個筋肉の電気的活動を拾っていきます。そのデータがどのようなパターンで出てくるかによって、「これは筋肉の病気、これは神経が障害されているために筋肉の活動が変化している」ということが分かります。

ALSの診断基準では、からだの所見と針筋電図の組み合わせでどれだけALSの可能性が高いかランク付けするよう提唱されています。

――神経内科医のもとを訪れてから、診断を確定するまでにどの程度時間がかかるのでしょうか。

ALSと診断するためには、どれだけ他の病気を除外できるかが重要です。似たような症状を起こす病気は他にも存在します。例えば手足の筋力が落ちてきたとき、ALS以外にもある種の筋肉の病気、また頚椎症のような整形外科的な疾患の可能性もあります。その中にはしっかり進行を抑制できる病気もあるので、見逃さずしっかり鑑別(見分ける)しないといけません。

こちらが「ALSかな?」と印象を持っても、確定診断して病気を患者さんに説明するときは慎重になります。「最初に診たときからALSと感じても、他の病気を除外して除外して、やっと残る病気」というイメージかと思います。

――医師の立場から見て、ALSは他の疾患と比べて診断するのに難しい印象をお持ちですか。

症状が目立つ、典型的であった場合はそれほど難しくないと思います。例えば舌が萎縮していてしゃべりにくそうにしていたり、特徴的な手の萎縮のパターンがあったりすると、ALSを強く疑います。

ただ、ALSはとても多様な症状かつ多様な経過が表れる病気で、非典型的な場合も結構あります。例えば教科書的にはALSは「平均生命予後は呼吸器付けないと2~4年」といわれていますが、中には10年以上経過している人もいます。確かに運動神経の障害はあり、パターンとしてALSであっても、進行が非常に緩やかな方はいます。そういう患者さんの場合は、なかなかALSの診断をつけられないこともあります。

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