妊娠中は、血液を固まらせる物質が増加するため、流産や出産などの出血の際に、出血量を抑えることができます。ですが、血液が固まりやすい状態は、血管内でも起きる場合があり、血栓症という病気を引き起こす危険性があります。血管内でできた血の塊(血栓)が、血液に乗って肺にたどり着くと、肺塞栓症という致命的な病気を招く危険性が高くなります。ここでは、近年増えている妊娠中から産後の血栓症についてお話ししたいと思います。

目次

血栓症はどんな病気?

血栓症は血管が血の塊で閉塞する病気です。血栓症の中で妊娠中から産後に多いのが、静脈血栓塞栓症(VTE)です。静脈血栓塞栓症は、深部静脈血栓症(DVT)から肺塞栓症(PE)を起こした状態を言います。

深部静脈血栓症は、四肢(ほとんどが下肢)や骨盤の血管内で血液の塊(血栓)ができる病気です。
妊娠中は、血液が固まりやすく、ホルモンの影響や子宮が大きくなることで下肢の血流が滞りやすくなっているため、下肢の深部静脈血栓症が起きやすい状態です。
この血栓が血流に乗って肺に到達して、肺の動脈を詰まらせた状態が肺塞栓症です。
血栓が大きい場合や、詰まった箇所が多い場合には心不全を起こす危険性もあり、突然死の原因となります。

日本での妊産婦が肺塞栓症を発症した場合、死亡率は13.2%と高い確率が報告されています。肺塞栓症の発症時期は、妊娠中が22.4%、産褥期(産後6週間)が77.6%と産後に多く、特に帝王切開後が経腟分娩の22倍発症しやすいことがわかっています(日産婦誌56巻10号より)。

どんな人がなりやすい?

下記の状態に当てはまる場合は、静脈血栓塞栓症のリスクがあるので注意が必要です。いくつか当てはまる場合は、それだけリスクが高くなりますので、かかりつけの産婦人科医師と情報を共有しておきましょう。

  • 高齢妊娠(35歳以上)
  • 肥満妊婦(妊娠前のBMIが25kg/㎡以上)
  • 喫煙者
  • 第1度近親者(両親・兄弟・子ども)に静脈血栓塞栓症の既往歴がある
  • 長期のベッド上安静
  • 長時間の旅行
  • 脱水
  • 表在性静脈瘤(下肢の表面に見える血管の蛇行)が顕著に認められる
  • 全身性感染症
  • 妊娠中の手術
  • 卵巣過剰刺激症候群(OHSS)
  • 妊娠悪阻
  • 多胎妊娠
  • 妊娠高血圧腎症

出産後では、特に下記の場合にリスクが高くなります。

  • 帝王切開、特に緊急帝王切開
  • 3回以上の経産婦
  • 出産前BMI25kg/㎡以上
  • 産褥期の外科手術
  • 遷延分娩(陣痛が10分おきになった時点から、初産婦で30時間、経産婦で15時間経過しても赤ちゃんが産まれない状態)
  • 分娩時出血多量(輸血を必要とする程度)

抗凝固療法が必要な人

抗凝固療法は、主にヘパリンという薬剤を投与して血が固まりにくい状態にし、血栓ができないように血液の状態をコントロールする治療法です。

下記の状態に当てはまる場合は、静脈血栓塞栓症のリスクが特に高いため、抗凝固療法を受ける必要性が出てきます。

  • 静脈血栓塞栓症の既往がある
  • 血栓性素因がある(アンチトロンビン、プロテインC、プロテインSの欠損症もしくは欠乏症、抗リン脂質抗体症候群)
  • 妊娠期間中に以下の病気がある
  • 心疾患、肺疾患、全身性エリテマトーデス、悪性腫瘍、炎症性腸疾患、炎症性多発性関節症、四肢麻痺・片麻痺、ネフローゼ症候群など
  • 出産前BMI35kg/㎡以上

まとめ

静脈血栓塞栓症になりやすい条件に当てはまる方は、自分がそういうリスクがあることをしっかり知っておきましょう。
そして、長時間の旅行や喫煙など、自分で避けられる状況は避け、リスクを回避することも大切です。つわりがひどい双胎妊娠の方が長時間飛行機に乗る、肥満体型で高齢妊娠の方が喫煙をするなど、静脈血栓塞栓症のリスクを積み重ねるようなことは非常に危険です。

また、妊娠中より産後の発症が多く、帝王切開後が特にリスクが高いため、初回歩行時や術後1~2日目の歩行には注意が必要です。最近は血栓の予防のために、術後できるだけ早い時期から歩行を開始します。痛みがあるとずっと横になって痛いかもしれませんが、医師や看護師の指示に従って、早期に動き始める方がベターです。
初回歩行は、必ず看護師がいる状態で行うようにしましょう。静脈塞栓血栓症の症状や予防法については、「妊娠中・出産後の血栓症を予防するには?」も併せて読んでみて下さい。