「疾患を広く知ってもらう」「治療薬の研究・開発資金を集める」など、様々な理由から行われる疾患啓発。手足のみならず呼吸器など全身の筋肉が動かなくなっていく神経難病で希少疾患の「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」は2014年、アメリカで始まり日本など世界に広がった疾患啓発運動「アイス・バケツ・チャレンジ(IBC、注1)」によって、患者会への多額の寄附とともに疾患の認知度が大きく向上しました。

しかし、IBCブームが下火になった今でも、病気と向き合う患者さんは疾患への正しい理解と支援を必要としています。クラウドファンディングで6月21日の世界ALSデーに向けた、映像と音楽を活用したALSの認知と理解、そして治療薬開発費を募るプロジェクト(注2)に挑戦する武藤将胤さん(31)は、IBCがブームになった年にALSと診断されました。

患者として、ブームを間近で見てきた武藤さんは疾患啓発を一過性のもので終わらせないよう、コミュニケーションとテクノロジーを様々な角度から融合させつつ活動に取り組んでいます。武藤さんが疾患啓発に込める、そして今回のプロジェクトにかける思いを紹介します。

注1…アメリカでスタートしたALSの啓発活動。指名された人はバケツいっぱいに入った氷を頭から浴びるか、ALSの団体に寄附するか選ぶ。両方選択するのも可。

注2…プロジェクトの正式名は「20年後の未来、ALSは治る病気に。 眼で奏でる世界初MUSIC FILM制作!」。集まった資金は6月21日の世界ALSデーに発表する20年後の東京を舞台にしたミュージックフィルム制作費、完成したフィルムのPR・イベント開催費、治療薬の開発研究費を募る「せりか基金」への寄附、ALSの患者さんの支援費に充てられます。

目次

ALS診断後から啓発、支援活動に尽力

武藤さんは14年の診断直後から、「(ALSは)進行性の病気なので時間との勝負。本当に患者が必要としていることを実現するためにスピーディーに取り組みたい」と一念発起。一般社団法人「WITH ALS」を立ち上げ、疾患啓発の他、ALSなど様々な病気と闘う患者さんやそのご家族だけでなく全ての人のQOLを向上させるためのコンテンツ開発、支援活動を行っています。

これまでに

  • マタニティマークのような存在を目指したALSの啓発ステッカーの作製
  • 介護保険適用外の40歳未満のALS患者さんを対象とした機能だけでなくデザイン性に優れた車椅子WHILL(ウィル)のシェアレンタルサービス
  • マグネットタイプのボタンで誰でも留めやすく障害を持つ人や健常者の垣根なくカッコよく着こなせるファッションブランドの創設(BORDERLESS WEAR01

などに尽力してきました。

また、テクノロジーの活用も積極的に進めていて、眼鏡型のウェアラブルデバイスJINS MEMEを使ってDJ(ディスクジョッキー)とVJ(ビジュアルジョッキー)を眼の動きだけで同時にできるシステムを開発。実際に武藤さん自身が音楽フェスなどでデバイスを利用して演奏し、ALSの患者でも実現できる可能性を示し続けています。

体験通して「名称だけでなく症状の理解まで」

そんな武藤さんは疾患啓発に対して、IBCや日頃行っている講演活動を通して感じたことがあります。「(IBCは)確かに多額の寄附が集まり、ALSというキーワードそのものを知ってもらえたと思います。それでも患者の実体験、病気や症状について理解してもらえるところまでは至っていないと感じました。その状態では、なかなか継続的な支援までには結びつきません」

「講演も、参加していただける方はもともとALSや障害を抱えた方への支援に関心や熱を持っていたり、知人やご家族に患者さんがいらっしゃったりする方が多いです。日頃ALSに無関心の人たちに症状や病気を理解し、支援してもらう難しさを感じていました」。

疾患や障害への支援の輪を広げていく過程でぶつかる「継続性」と「幅広い周知、理解」というハードル。武藤さんはこれらをコミュニケーションで乗り越えようとしてきました。

例えば、フットサルの大会にALSの擬似体験を合わせたイベントを企画。大会の傍ら、参加者にコート上に寝転んでもらい、意識はあっても身動きもせず声も発さない状態を5~10分ほど続けてもらいました。「動いたり声を出したりすることが当たり前のスポーツと、走れない、蹴れない、声掛けできないALSとのギャップ、そして『もし好きなスポーツが全くできなくなったら』という意識を感じてもらいたかったんです。そうすれば症状の理解につながるはずだと」。

また、アーティストに「明日はまだ歩けるかな?明日はまだ手が動くかな?明日はまだこうして歌えるかな?無性に怖くなるんだ」など自身の思いを載せた歌詞を提供し、ミュージックビデオも制作。自身が総合プロデューサーを務める音楽フェス(MOVE FES)を開催し、先程紹介したシステムを使って自身も演奏しました。音楽、そしてテクノロジーの力を組み合わせた啓発活動にも挑戦しています。

これらの活動を通じて武藤さんは「ある意味出会うはずのなかった層の方々に、ALSについて知ってもらえ、『何かできることはないか』と必死に考えてもらえています。また音楽に関しても、アーティストの口から「『(ALSになると)歌えない、声が出せない』ということを伝えてもらえるので、本当に影響力があるし、ありがたいです」と理解・支援の輪が広がっていることを実感しています。

「ALSを治せる病気に」。ゴールに向かって共に行動を

武藤さんによる、6月21日の世界ALSデーに向けたミュージックフィルム制作への支援を呼びかける動画

IBCのブームは終わりましたが、現在も漫画「宇宙兄弟」をきっかけに始まった「せりか基金」など、ALSを支援する動きはあります。そういった状況でも武藤さんは「治療薬開発の希望が見えてきたタイミングで行動を辞めてしまったら(これまでの動きが)一過性にしかならない」と危機感を抱き、行動し続ける重要性を感じています。

また、テクノロジーの力で眼によるDJ、VJの演奏を叶えた2年前、ALSの患者という立場でも表現でき、メッセージを発信できました。「当事者としての気づきを社会に伝えたい気持ちがとても強いです。そして表現する自由を叶えたいとどこまでいっても思います」。

今年(2018年)6月21日の世界ALSデーに発表する、20年後の東京を舞台にしたミュージックフィルムの制作には、「KEEP MOVING」というスローガンを掲げ行動し続ける姿勢、そして「ALSが治せる未来を本気でつくりたい」熱い思い、そして自身に残された力とテクノロジーを組み合わせた発信方法という、これまで武藤さんが活動してきて得た経験が盛り込まれています。

クラウドファンディングは既に目標額は達成していますが、目標額に到達しても、啓発、治療薬開発に向けた動きに終わりはありません。「本当に多くの皆さんに支援していただいている。今回のプロジェクトをまた少しでも輪を広げるきっかけに、そして継続的な行動につなげていきたい。ゴールは『(ALSを)治る病気にすること』。もう一度その目標を確認して、皆さんと一緒に行動し続けていきたい」。

取材後記

「病気の症状まで理解してほしい」。私自身この仕事に就くまで、名称だけでなく具体的な症状まで知っている疾患はほとんどありませんでした。取材してきてようやくどういう症状があって、患者さんがどう困るのか、また必要な支援は何なのか、徐々に実感していきました。

健常者の方が日頃の生活で疾患に触れる機会はなかなかないかもしれませんが、耳にしたときはまず“知る姿勢”を見せることから始めてみてほしいです。そうして疾患について知り、理解した後、ぜひ“支援”という次のステップまで歩みを進めてほしいと思います。私はALSが治せる病気になる未来を見たいです。

MUSIC FILM制作のクラウドファンディングページGoodMorning|20年後の未来、ALSは治る病気に。 眼で奏でる世界初MUSIC FILM制作!(5月30日まで)

一般社団法人WITH ALS

※肩書・記事内容は2018年4月26日時点の情報です。