製造業など様々な分野で機械化が進んでいる中、医療の現場でもロボットは稼働しています。ロボットを活用した手術はロボット支援手術と呼ばれ、その件数は年々増え続けています(日本ロボット外科学会より)。なかでも泌尿器科は最も早く疾患(前立腺がん)の治療においてロボット支援手術が保険適用されるなど、この分野をリードしてきました。
実際にロボットを使った手術とはどんなもので、他の手術との違いはどこなのでしょうか。今回は前立腺がんを例に、ロボット支援手術について解説します。豊富な手術実績を持つ泌尿器科専門医の執筆記事です。(いしゃまち編集部)
※この記事におけるロボットは、da Vinci(ダヴィンチ、Intuitive Surgical社製造)のことを指しております。また、記事内で使用している画像はIntuitive Surgical社より提供していただきました。
ロボット支援手術とは
日本で数多く導入されている支援手術ロボットは、アメリカで開発・販売されているダヴィンチです。ダヴィンチは日本で2009年に販売が承認、16年9月末現在で237台導入されており、アメリカについで第2位の導入国となっています(日本ロボット外科学会より)。
ロボット支援手術とは、機械が自動で手術を行うものではありません。ロボットは手術台にいる患者さんのそばに置かれ、医師は手術室内にいながらも手術台とは離れた場所にある、映画やアニメに登場するコクピットのようなところからロボットを操作します。
医師はコクピットの中のモニターに映る、立体的かつ高画質な3D画像で術野(手術中に目で見える範囲)を確認しています。3D画像によって、術者は狭い骨盤内でも体の中に入り込んだかのように自在に手術を行うことができます。
ロボットにはカメラと3本のロボットアーム(右手、左手、補助)が取り付けられています。アームは多関節となっていて、術者の手の動きを再現できます。術者は両手両足を駆使して、アームや電気メス、カメラなど全ての操作を行います。術中は患者さんのそばに助手や看護師、麻酔科医が付き添って容態を確認しています。
保険適用が進むロボット支援手術
ロボット支援手術が初めて保険収載されたのは12年。前立腺がんの治療において、前立腺を摘出して取り除くロボット支援根治的前立腺摘除術が対象でした。その後は16年に小径腎がん(腫瘍の大きさが7cm以下の腎がん)、18年には肺がんや胃がんなどに関する12の手術をロボット支援で行うことが保険適用されました。
18年に保険適用となった12の手術は以下の通りです。
- 胸腔鏡下縦隔悪性腫瘍手術
- 胸腔鏡下良性縦隔腫瘍手術
- 胸腔鏡下肺悪性腫瘍手術(肺葉切除又は1肺葉を超えるもの)
- 胸腔鏡下食道悪性腫瘍手術
- 胸腔鏡下弁形成術
- 腹腔鏡下胃切除術
- 腹腔鏡下噴門側胃切除術
- 腹腔鏡下胃全摘術
- 腹腔鏡下直腸切除・切断術
- 腹腔鏡下膀胱悪性腫瘍手術
- 腹腔鏡下子宮悪性腫瘍手術(子宮体がんに限る)
- 腹腔鏡下膣式子宮全摘術
ロボット支援手術と前立腺がん

ロボット支援手術の様子(イメージ)
ロボット支援手術は1980年代に戦地での遠隔手術を目的に開発が始まりましたが、当時のネットワーク回線の速度では手術のスピードに追いつくことができず、断念されました。その間に医療技術は大きく進歩し、皮膚を切開して行うため侵襲性(体に与える負担)が大きい開腹手術から、腹部に小さな穴を数箇所開けるだけで行える低侵襲の腹腔鏡手術が主流になっていきました。
泌尿器科領域の手術も、ほとんどが腹腔鏡で行われる時代がきました。しかし、前立腺がんの治療法にも腹腔鏡手術が採用されたときに大きな問題が起こりました。それは腹腔鏡手術の手技の難易度が高いことです。
そもそも前立腺は骨盤の底にあり、狭い範囲での操作になります。また、腹腔鏡手術の鉗子(かんし)は全長30cmほどと長く、先端で手術操作を行うために細かい操作がしづらくなります。こうした身体的特徴、器具の事情などがあるため、(腹腔鏡手術では)骨盤底の前立腺を摘除することはなんとかできても、その後に控える膀胱と尿道を縫合する手技は極めて難しいものになります。残念なことに、日本では死亡事故まで起こってしまいました。
そこで導入が進んでいったのが、手術支援ロボットです。
ロボット支援手術の方法
前立腺がんを手術する際、腹部に6箇所小さな皮膚切開を加えます。 切開したうち5箇所には、トロッカーと呼ばれる鉗子を入れる器具を装着します。残りの1箇所は臍(へそ)の上にあり、腹膜(腸管を包んでいる膜)の中に挿入するカメラを入れます。
前立腺表面を走行する太い静脈の束(深陰茎背静脈)を処理した後、膀胱と前立腺の間、尿道と前立腺の間をそれぞれ切り離して前立腺を摘出します 。また、リンパ節への転移が疑われる場合は血管周囲のリンパ節も摘出します 。がんを取り切る力は、開腹手術と比べても遜色ありません。
前立腺を摘出した後は、吸収糸(組織に溶けて後に残らない糸)を使って尿道と膀胱を吻合(ぴたりと合わせること)します。そして尿道カテーテルと排液管を入れて手術を終わります。
ロボット支援手術のメリット①~手技習得および手術時間の短縮
ロボットによる手術は腹腔鏡手術のメリットである少ない出血量も担保できながら、手術手技の習熟スピードが非常に短縮できます。開腹手術と同様、直感的な操作が可能で3Dの視野のため、腹腔鏡手術のような鉗子操作の習熟の必要がないためです。
手術にかかる時間も大幅に短くなりました。腹腔鏡手術では7~8時間要していましたが、(ロボット支援手術の)コンソール時間(実際にコクピットに入って術者が操作する手術時間)は、施設や術者の熟練度やリンパ節郭清(リンパ節を取り除くこと)の有無などによって異なりますが、千葉西総合病院では1~2時間程度です。麻酔やロボットアームの装着も含めた総手術時間でも、2~3時間程度となります。
ロボット支援手術のメリット②~合併症への対応
前立腺がんで前立腺を摘除する場合、無視できないのが合併症です。勃起障害や腹圧性尿失禁がよくみられますが、勃起障害や失禁の回復はロボット手術の方が良好であることが指摘されています。
勃起障害
前立腺の側面には、1000本近い線維の束である陰茎海綿体神経(勃起神経)が走行しています。栗の実(前立腺)を包む渋皮(膜)に神経が含まれている、とイメージしてもらうと良いかもしれません。一般的には手術で陰茎海綿体神経は温存しますが、がんの部位・悪性度を考慮して片側もしくは両側を切除する場合があります。
手術中に陰茎海綿体神経が切断されると、必ずと言っていいほど勃起障害が現れ、回復する可能性は低いです。神経を温存した場合でも、手術直後は勃起できず、完全に元の状態に戻らない患者さんもいます。
ただ、神経線維の束を多く残せれば残せるほど、勃起機能を維持できる可能性は高くなります。膜ごと神経を残すことは開腹手術では難しいものでしたが、ロボット支援手術が行えるようになってから、この手術は容易に行えるようになりました。
術後は勃起機能の改善に努めます。リハビリテーションが有効ですが、回復には時間がかかります。ロボット支援手術で勃起機能は半年で3人中1人が回復します(千葉西総合病院病院より)。
腹圧性尿失禁
カテーテル抜去直後には、お腹に力が入ったときに尿が漏れる腹圧性尿失禁が、ほぼ全員に認められます。根治的前立腺摘除術を受けた後に尿失禁が起こるのは、前立腺のすぐ下にある失禁を防ぐ筋肉の機能が働かなくなるためと考えられています。
尿失禁は退院して時間が経過していけば軽快していきますが、いまだに100%の予防は不可能です。そのため、手術中にどれだけ筋肉を動かす神経を温存することができるかが重要になってきます。ロボット支援手術による神経温存は性機能だけではなく尿漏れもある程度、防いでくれることが分かっています。
ロボット支援手術では術後半年で5人中4人が回復(千葉西総合病院病院より)、1日1枚の尿とりパッドの交換で済むようになります。ただ、高齢の方や術前に男性ホルモンの遮断療法を受けている患者さんでは、回復が遅くなる傾向が指摘されています。
最後に
前立腺がんに対する前立腺摘除術の各手術を比較し、表にまとめました。
ロボット支援手術 | 腹腔鏡手術 | 開腹手術 | |
手術時間 | 短い | 長い | 短い |
疼痛 | 少ない | 少ない | 強い |
技術習得 | 早い | 難しい | 普通 |
出血 | 少ない | 少ない | 多い |
神経温存(勃起能) | 緻密に可能 | 可能 | 困難な場合も |
尿失禁期間 | 短い | 短い | 長い |
術後離床 | 早い | 早い | 普通 |
入院期間 | 短い | 短い | 普通 |
この機械の登場により、腹腔鏡下根治的前立腺摘除術と呼ばれる手術は劇的に進歩したと言えます。今後もロボット支援は外科治療に不可欠なものとして位置付けられて行くものと考えられます。