前立腺がんは男性特有のがんです。他のがんと同じように加齢による影響を受け、患者のほとんどが50歳以上の方です。また2013年のがん罹患率(1年間に人口10万人あたりに◯◯がんと診断される割合)は、男性で胃、肺、大腸につぎ4番目で近年大きく増加しているがんです(詳しくは国立がん研究がん情報サービスセンター|がん登録・統計|最新がん統計をご覧ください)。今回は前立腺がんの症状や検査の方法、治療について見てみましょう。

目次

前立腺がんの症状

前立腺は膀胱のすぐ下に位置し、尿道や射精管を取り囲んでいます。前立腺の主なはたらきは、精子に栄養を与えて活発にする前立腺液の分泌です。

前立腺がんの初期には症状は現れませんが、進行すると下記のような排尿に関する症状が出ることがあります。

また、がんが転移すると足のむくみ腰の痛みなどが表れることがあります。

下記の条件に当てはまる人は前立腺がんにかかる危険性を考えておく必要があります。

  • 50歳以上の男性
  • 家族に前立腺がんにかかった人がいる。かかるリスクは2.4~5.6倍(日本泌尿器科学会より)。
  • 高タンパク、高脂質の食事をとることが多い

前立腺がんは罹患率が上がっている反面、死亡率はあまり高くない病気です。適切に治療を受ければ、進行も遅く、予後も比較的良いのが特徴といえます。

前立腺肥大症との関係は?

前立腺の疾患である前立腺肥大症も加齢の影響を受ける男性特有の病気ですが、こちらは良性(転移したり周囲の臓器に広がったりしない)で前立腺がんとは異なっています。

しかし、同じように尿が出にくい、残尿感といった症状を伴うことが多く、前立腺肥大症と前立腺がんがひとつの前立腺内で共に存在することもあるので診断においては両者を完全に区別するのが難しいことがあります。

前立腺がんの検査

血液検査

前立腺がんの代表的な検査はPSA検査です。この検査は、血液検査によって血中に含まれている「前立腺特異抗原(PSA)」という前立腺に特異的なタンパク質の値を調べるものです。また、前立腺がんであることが判明し、治療を行った場合にも、PSA検査は治療効果を判定したり、再発リスクを検討したりする際に用いられます。

PSA検査の値が一定水準以上になると前立腺がんが疑われます。その場合は、直腸を触る直腸診や超音波検査、前立腺の組織を採取して調べる病理検査(前立腺生検)をもとに確定診断を行います。進行のレベルを確認するためにはCTやMRIなどが用いられます。

2010年に発表されたスウェーデンの研究によれば、PSA検査を受診することによって、前立腺がんによって死亡するリスクが44%軽減するとされています(日本泌尿器学会より)。一方で、PSA検査で値に異常がなくてもがんに罹患しているケースも中にはあります。

注意点

男性型脱毛症(AGA)を治療している場合、飲み薬(フィナステリド、デュタステリド)によってPSAの濃度が約50%低下します(男性型および女性型脱毛症診療ガイドライン2017年版より)。そのため薬を内服している場合は測定値を2倍にする必要があるため、検査時にしっかりと伝えましょう。

デュタステリドは前立腺肥大症の治療薬としても使用されているため、前立腺肥大症の治療を行っている患者さんも、AGA治療と同じく測定値を2倍にする必要があります。こちらも検査時に申告しましょう。

前立腺がんの治療

前立腺がんは一般的に進行が遅いといわれます。そのため、前立腺がんであることが判明しても、すぐに治療をする必要がないケースもあります。治療を行うことで排尿機能や性機能に影響が出るため、QOL(生活の質)の低下が心配されることがあります。

前立腺がんにおいては、敢えて治療を行わないことにも意味がありますが、その場合はがんを放っておくことになるので十分に主治医の先生と相談してから方針を決めましょう。

前立腺がんを治療する場合、患者さんの年齢や、がんが前立腺にとどまっている場合(限局性)、前立腺周囲で進行している場合(局所進行性)、ほかの部位に転移している場合(転移性)によって治療法が異なってきます。ある治療を行った後に補助治療として別の方法を使うことがあります。

多くのがんでは治療してから5年間再発が認められなければ完治したと考えられます。前立腺がんや他の泌尿器がんに関しては、少なくとも治療後10年間は定期的に検査を受けることが大切とされています。

監視療法

限局性でかつ低リスクの場合に選択されます。

監視療法では、およそ3ヶ月ごとにPSA検査と、必要に応じて直腸診やMRI検査を行い、その結果を踏まえて、このまま経過観察を続けるか、それとも治療に切り替えるかを判断するものです。また施設によっては1~3年ごとに生検を行うこともあります。

PSA検査の値の上昇がゆるやかに進んでいる場合は、経過観察が選択されます。反対に、急激に値が上昇するようなら以降に挙げる治療を選択します。

手術療法

手術によって、がん発生地の前立腺・精囊(せいのう)を取り除く治療法(前立腺全摘除)です。限局性・局所進行性で今後の余命が10年以上期待される患者さんでされます。前立腺を取り除くため、がんが再発するリスクは他の治療法と比べて低くなります。

転移する可能性が高い場合でも、前立腺の摘除を選択肢に入れるケースもあります。また手術ではリンパ節を切除する場合もあります。

手術法

手術には大きく分けて開腹手術と腹腔鏡手術、ロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘除の3種類があります。

開腹手術

開腹手術は60年以上の歴史があり、多くの経験が蓄積された手術ですが、下腹部を大きく切開(12~15cm)し、基本的には術者が自らの目で術野(手術中に目でみえる範囲)を見ながら手術するので出血コントロールのための小血管処理や、前立腺周囲にあって術後の尿禁制(膀胱にたまった尿を漏らさずにためていられる状態のこと)に極めて重要な尿道括約筋周囲の処理が難しく、侵襲(痛みや関連する合併症などの手術による体の負担)が大きくなります。

下腹部のキズを小さくして行う「小切開手術」を行っている施設もありますが、これは開腹手術に準じた術式です。

腹腔鏡手術

腹腔鏡手術は術野を気腹(腹部に炭酸ガスを入れて膨らませること。閉鎖型ドーム球場のように気圧が高まり広い手術スペースを確保できます)し、カメラを入れて拡大視した術野をモニターで見ながら行う手術です。キズは4~5ヶ所で行うことが多いです。侵襲を小さくできる一方で、三次元の人体に対して基本的に二次元のモニターを見ながら手術操作を行うため、開腹手術よりも時間がかかる傾向があります。

さらに前立腺は骨盤腔の最も足側に位置しているため、一般的に直線的な器具(途中で関節などがついておらず、対象物に一直線にしかアプローチできない)が使用される腹腔鏡手術は、特に日本人男性の狭い骨盤内においては、縫合操作(組織と組織を縫い合わせること)が難しく、モニターで見えていても最適な部位に運針することが難しいことがしばしばあります。

ロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘除

ロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘除は、2012年4月より保険適用となった比較的新しい治療です。従来の腹腔鏡手術を、繊細な動きが可能な手術ロボットを介して、三次元カメラで奥行きのある映像を見ながら行います。これにより腹腔鏡手術の弱点である立体視ができないことや縫合操作の困難さを克服できるようになっています。

高価な医療機器ですが、現在日本は国内のロボット稼働数が世界第2位で、2018年4月より消化器・呼吸器・婦人科領域でも保険承認がされましたので、さらに導入が進んでいくかもしれません。

ロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘除では前立腺周囲を走る勃起に関わる神経や尿道括約筋を温存するように注意することで、術後の排尿機能や性機能の温存効果が開腹手術・腹腔鏡手術より高いことが期待できます。

放射線療法

限局性、局所進行性で行われます。またがんが骨に転移したときに生じる痛みを和らげるときに用いられることもあります。

前立腺がんに対する放射線療法には、体の外から放射線を当てる通常の外照射療法と、体に針を刺して内部から放射線を当てる組織内照射療法(密封小線源療法)の2つがあります。

外照射療法は、前立腺がんに放射線を照射する治療です。組織内照射療法(密封小線源療法)は、放射線を出す物質を小さな粒の中に密封し、前立腺の中に直接入れる治療です。前立腺の中で放射線が絶えず放出され、がんを近くから攻撃できます。

排尿障害、性機能障害、消化管障害が表れる可能性はあります。特に治療後5~10年を経過して前立腺周囲の臓器である膀胱や直腸から出血がみられることがあり、治療終了後長期にわたって経過をみていく必要があります。

手術・放射線いずれも近年は進行性の患者さんに対しても治療を行うメリットがありそう、という研究が報告されており、対象となる患者さんが現在より広がっていく傾向があります。

ホルモン療法

主に局所進行性、転移性の患者さんに選択されますが、限局性でも年齢や全身状態を考慮して用いられるケースもあります。

前立腺は男性ホルモンの影響を受けています。男性ホルモンを抑制すると前立腺の機能も抑えられ、同時に前立腺がんの勢いを止めることが可能です。

ホルモン療法では、主にLH-RH(性腺刺激ホルモン放出ホルモン)アゴニスト・アンタゴニストという薬を用います。この薬は男性ホルモンの一種であるテストステロンが作られるのを抑制する働きがあります。他にも、男性ホルモンのがんへの影響を直接抑える抗アンドロゲン剤と呼ばれる飲み薬を服用することもあります。2つの薬を併用するケースも選択されます。

また、最近ではより強力に男性ホルモンを抑える薬物が開発され、転移性の患者さんの生存期間を延長させたり、次に述べる化学療法を行うまでの期間を延長させたりすることが可能になりました。

男性ホルモンを抑えるという治療の特性上、体脂肪・血糖の増加、骨折、体重の増加やほてり・のぼせ、勃起障害(ED)などの副作用がみられます。特にほてり・のぼせは比較的多くの患者さんでみられ、女性の更年期障害でみられる症状と類似しています。

化学療法

がんが再発したり、ホルモン療法で効果がみられなかったりした場合などに抗がん剤が用いられます。前立腺がんで用いられる抗がん剤は単剤で使用しますが、一般的な抗がん剤と同様に白血球や血小板の減少・脱毛・食欲不振などの副作用がみられます。

まとめ

男性特有のがんの一つである前立腺がんは、珍しい病気ではありません。疑わしい症状がある場合はもちろんですが、そうでない場合も、50歳を過ぎたら検査を受けておくことをおすすめします。

また、前立腺がんは治療の選択肢が多いがんといえます。また、進行が遅いため、治療方針を比較的余裕をもって決められます。根治性という観点からだけでなく、QOL(生活の質)の維持という観点からも治療方針を検討することが大切です。もし前立腺がんだと診断された場合、自分に合った治療を、医師とよく相談して決めるようにしましょう。