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スポーツの現場で起こりうる脳振盪(のうしんとう)ですが、選手は脳振盪を起こしたことすら認識できないケースがあります。そこで重要となるのは、指導者や保護者といった周囲の方々のサポートです。脳振盪のリスクとどう向き合い、どう現場を管理していけばよいのでしょうか。

スポーツと脳振盪の2記事目も、1記事目に引き続き中山晴雄先生(東邦大学医療センター大橋病院 脳神経外科・スポーツ頭部外傷外来担当)にお伺いしました。

お話を伺った先生の紹介

脳振盪を疑ったときはまずはプレーさせない

脳振盪 図版

脳振盪が疑われる症状(東邦大学医療センター大橋病院で受診された方に渡している資料を一部改変して作成)

--脳振盪を評価する上で、意識すべき点はなんでしょうか。
教員・指導者の方には脳振盪の典型的な症状は何か、また病院に行くべき危険な症状はどういったものか認識してほしいです。そのため(当院を)受診した学生には症状についてまとめた資料を見せ、先生に渡すよう伝えています。

また、指導者が「病院に行った方が良い」と勧めても、本人やその保護者が「(こんな症状)行かなくても大丈夫です」と断ってしまったり、その逆のケースが起こったりすることはあるでしょう。その結果、命にかかわるような大きな問題につながってしまうと、皆さんにとって不幸です。

症状について、選手本人や保護者、そしてチームメイトなどスポーツの現場に関わるすべての人に認識してもらえると、非常に有益かと思います。

--練習や試合中に頭部に衝撃を受けたり、頭が揺さぶられるようなことがあったりしたときは、どう対応すればよいのでしょうか。ひとまず病院に行くべきなのか、それともある程度症状を確認してから病院に行くべきなのでしょうか。

脳振盪が起こってもおかしくないプレー(頭と頭をぶつける等)があったり、脳振盪を疑うような動き(自分のベンチを間違える等)を選手がしていたりしたときには、周囲が脳振盪を疑い、まずはその現場から離してプレーさせないことが大事です。そしてSCAT(※1)で、注意すべき症状に引っかかるのか、そうでないのか評価します。

引っかからなかった場合は、1、2日様子を見て、頭痛がひどくなるなど症状が悪くなるようであれば医療機関を受診するようにします。

ここで非常に大切なのは、学校など練習拠点となる場所や自宅の近くにある、頭部外傷を診てもらえる医療機関を普段から選定しておくことです。

スポーツの活動が盛んに行われている現場、最たるものは合宿地ですが、そういった場所は医療機関から遠いことがあります。また、医療機関があったとしても夜に診てもらえなかったり、マンパワーが不足(脳神経外科医が不在)していたりすることもありえます。頭部外傷は命の危険がついて回りますから、受診できたり、救急搬送を受け入れてもらえたりする状況・環境をできる限り作るようにしましょう。

※1…国際的な脳振盪の評価ツール。日本臨床スポーツ医学会が公表している「頭部外傷10か条の提言 (第2版)」にPocketSCAT2を一部改変したものが掲載されています(p.15参照)。

--受傷した本人に状態を確認する場合、「大丈夫か」という聞き方は適切でしょうか。

「大丈夫か」と尋ねたら、本人はオウム返しで「大丈夫」と答えてしまうかと思いますし、そういう聞き方は(脳振盪を評価する上で)あまり好ましくないです。

私が現場にいて尋ねる状況では、普段から「どうしたの」という聞き方をしています。選手はこの問いに対して、どういったプレーがあったか答えなければなりません。なかには聞いてもすぐに理解できず「もう1回言ってもらっていいですか」など説明できないこともあります。「どうしたの」という聞き方は、脳振盪を評価する上で利便性が高いと思っています。

脳振盪に関する情報の共有を

--仰ったように、1、2日ほど受傷者本人の様子を見る上で、注意点はありますか。

本人の状態や脳振盪に関する情報を周囲と共有しておくことは大事です。

現場にいた指導者・教員は状況や症状をよくわかっていても、保護者の方に全然引き継ぎがなされなければ、自宅で人と一緒にいても本人の状態を見られていないことになります。どういった点を注意すべきかわからなければ、保護者の方は見てあげたくてもできません。

また、受傷した選手が一人暮らしであった場合、(容態を注視できる環境を用意するために)寮があればそこに泊めてあげる必要があるかもしれません。

--脳振盪の予防策はありますか。頭部を守る上ではヘルメットが効果的なイメージがあります。

体調が優れないときはプレーに集中できないので、参加を避けましょう。

防具に関しては、以前より優れたものが出ていると思います。ただし、それで脳振盪を完全に予防できるわけではないので、確実に防げると思ってしまうのは良くありません。

--脳振盪を起こした選手が復帰する上で何に気をつければよいでしょうか。

脳振盪の復帰について、私は必要条件と十分条件という考え方を関係者にしています。

「痛みなどの症状がとれた」というのは必要条件で、これがなければスタートラインには立てません。ただ、選手が脳振盪を起こす理由が身体の中や、別のところにあった場合、その要因を解決することが必要となります。これが復帰する上での十分条件です。

例えばラグビーで脳振盪を起こす原因は、相手の進行方向に対して頭から突っ込む(逆ヘッド)タックルであることが大半です。症状から回復したことだけを復帰の要件にして、技術的問題を解消することなく「下手だから練習をバンバンやらせる」となると、また脳振盪を起こしてしまいます。

脳振盪を引き起こす要因は、指導方法や選手の技術の未熟さ、適格でないポジションでのプレーかもしれません。こうした要因をしっかり解決していくことも重要です。

また、復帰に関しては、何度も脳振盪を起こしている選手が抱える「若いうちから物忘れしたり、症状が重くなったりして苦しむかもしれない」というリスクを容認できるかどうかも重要です。

選手本人はやりたいと思っても親や指導者はやらせたくない、または本人は出たくなくても指導者が「次の試合は無理してでも出したい」というミスマッチが起こる可能性があります。このミスマッチの根底には、全員に脳振盪が抱えるリスクの解釈と共有がなされていないことがあります。

この知識の伝達がしっかり行われていなければ、無理な復帰につながってしまい、負傷が続いてしまう、場合によっては選手生命が絶たれてしまうかもしれません。これはスポーツの現場の健全な姿ではないと思います。

自ら安全のための情報を学んで

--スポーツの現場は、脳振盪とどう向き合えばよいでしょうか。

脳振盪は確かによくありませんが、過度に脳振盪を怖がる必要もありません。どんな怪我も一緒で、例えば靱帯損傷・靱帯断裂を繰り返すことだって誰もいいとは思っていません。何に気をつけなければいけないのかを、皆さんに正確に認識していただきたいです。

我々医師としても、脳振盪を起こした選手を診たいわけではありません。脳振盪を起こさない環境をどうすれば作れるのか、どう知識を伝達していけばよいか考えています。

日本臨床スポーツ医学会は「頭部外傷10か条の提言 第2版」を発表してウェブ上で公開しています。この取り組みは、当事者の方々が「安全とはなんだろう」と考え、自ら情報を学ぶ姿勢を身に着けていってほしいという意味を込めています。それは各年代の指導者から、保護者、選手自身に求められています。

取材後記

脳振盪に対して、取材前は重く捉えてはいませんでした。スポーツ中継で選手が頭を打って倒れ込んだ後、プレーに復帰する様子を見て「強い選手だ」と思ったことも何度かあります。この取材に関連して調べているうちに、NFL(アメリカのプロアメリカンフットボールリーグ)では脳振盪に関連した問題で訴訟が起きていたことや、ラグビーなどスポーツの現場で対策が取られていることを知りました。

取材時に「なぜ今これだけ脳振盪が注目されているのか、注意しなければならない」という言葉をいただきました。お子さんがいる方は、その子が脳振盪のリスクが起こりうるスポーツに取り組む可能性もあります。誰もが無関心ではなく、正しい知識を当然のように身につける環境、そして雰囲気づくりが必要だと感じます。