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神経難病であるALS(筋萎縮性側索硬化症)は、運動麻痺や呼吸不全、嚥下機能の低下など様々な症状が現れます。筋肉や関節に目を向けると、筋肉がやせたりピクピクと勝手に動いたり、関節が固まってしまったりすることがあります。今回はALSの患者さんにみられる筋肉や関節の症状やその原因などについて、神経内科専門医の沼山貴也先生(狭山神経内科病院)にお話を伺いました。

お話を伺った先生の紹介

神経難病による筋萎縮は回復しないが、動いてできる限り維持を

――ALSの患者さんは症状が進行していくと体がやせていきますが、そのやせは脂肪だけでなく筋肉まで及んでいます。筋肉はなぜやせるのでしょうか。

人が体を動かすとき、その命令を出す脳と実際に動く筋肉とをつないでいるのが、運動ニューロンです。運動ニューロンは脳から脊髄をつなぐ上位運動ニューロンと、脊髄から手足の筋肉までをつなぐ下位運動ニューロンにわけられます。神経疾患には運動ニューロンが障害されるタイプがあり、ALSは上位、下位双方の運動ニューロンが障害されます。

運動ニューロンが障害されると、手足に力が入りにくいといった運動麻痺筋肉のやせ(筋萎縮)がみられます。その中でも筋萎縮は下位運動ニューロン障害の影響が指摘されています。下位運動ニューロンだけが障害される運動性ニューロパチーではALSに近い筋萎縮がみられる一方で、上位運動ニューロンだけが障害を受ける原発性硬化症などではALSほどの筋萎縮はみられません。

神経疾患が原因でみられる筋萎縮は、神経原性筋萎縮と呼ばれます。

――上記の運動ニューロンの障害以外に、筋萎縮がみられるケースはあるのでしょうか。

筋肉そのものが障害される筋疾患でも筋萎縮がみられることはあり、これを筋原性筋萎縮といいます。そのほか、長期に渡って臥せるなど筋肉を動かさないことで起こる廃用性筋萎縮も考えられます。

――神経原性筋萎縮と筋原性筋萎縮、廃用性筋萎縮を比べたとき、症状の出方などに違いはありますか。

教科書的には神経原性筋萎縮は遠位(手先、足先など体幹から遠い筋肉)から、筋原性筋萎縮は近位(二の腕や太ももなど体幹から近い筋肉)から始まるとされています。ただ、自分が診てきた範囲においては、神経原性か筋原性なのか、筋萎縮が始まる部位から鑑別できるほどの顕著な差はみられないと感じています。

廃用性筋萎縮は体を動かす訓練をすれば、理論的には元の状態に戻ると考えられています。しかし、神経原性筋萎縮は神経機能が改善しなければ回復することはありません。

――筋萎縮が起こるから、手足の力が入りづらくなるということではないのでしょうか。

筋萎縮と運動麻痺は、ほぼ同時に進行するケースが多いです。ただ、この二つが相関するかどうかは微妙なところです。病的でなく単純にやせている方が動けないわけではないように、筋萎縮が起きていても力が落ちていないケースは、神経疾患の初期ではありえます。

例えば日頃から体を鏡でチェックしたり、体重を測ったりするなど気にかけていれば「なんだかやせてきたようだ」と違和感を覚える方がいるかもしれませんが、特に手足に症状が現れていなければ(疾患には)気づきにくいかと思います。

――筋萎縮はALSを診断する上で決め手となる症状なのでしょうか。

自分が診てきた経験上、患者さんが来院した際に「筋肉がやせてきた」と初診で訴えてきたことはそれほど多くありません。手足に関連したものでは、「手足に力が入らない」が多いです。

ALSの症状は必ず手足から現れるとは限らず、呼吸機能から、もしくは嚥下機能(ものを飲み込む力)から衰えていく場合もあり、その症状は多彩です。筋萎縮だけでALSと判断するのは、自分としては難しいと思います。

――筋萎縮の進行を止める治療はありますか。

現状では進行を止める治療法はありませんが、症状の進行を遅らせる薬(エダラボン)はあります。薬によって、障害された運動ニューロンが変性(性質が変わってしまうこと)する速度を落とします。

――薬の投与以外に、筋萎縮の進行を遅らせる方法はありますか。

「動かないから」といって動かすのをあきらめてしまうと、まだ萎縮していない筋肉までやせてしまう恐れがあります。こうした廃用性筋萎縮が合併した形を防ぐため、そしてできる限り筋肉を維持していくため、患者さんにはリハビリなどを通して動いてもらうよう指導しています。そして頑張ったらしっかり休むなど、うまく付き合ってもらえたらと思います。

また、ALSの患者さんは嚥下機能の低下などで食事をうまく摂れなくなり、やせていってしまいます。栄養管理にも気をつけるとよいでしょう。

不随意運動や関節拘縮はALSでも起こりうる

――ALSの患者さんで筋肉にみられる症状に、筋肉がピクピクと動くこと(不随意運動)があると聞きます。これは痙攣(けいれん)とは異なるのでしょうか。

ALSの患者さんでみられる不随意運動には、大きく二つの原因が考えられます。

一つ目は筋線維性攣縮(れんしゅく)といって、筋肉がピクピクするのは主にこれが原因で、末梢神経の障害でみられる症状です。この症状はその箇所に本人が力を入れているのか、他者が力を加えているかどうかは関係なく、脱力している状態でも起こります(不随意性)。恐らくは変性しつつある神経細胞から起こってくる異常な電気的信号が筋肉に伝えられ、この症状が出ると推測されています。

考えられる二つ目として、ALSの発症初期から中期にかけて足に起こるクローヌスという症状があります。クローヌスは筋肉が緊張した状態(痙性)が高まっているとき、リハビリなどで他動的に動かしたときにみられることが多いです。

どちらも全身がガクガクと震えるようなものではなく、起こる部位は限られていて全身状態に影響はありませんので、治療の対象とは考えられていません。ただ中には、症状が気になる患者さんやご家族もいらっしゃるかと思います。不随意運動がまさに起きているときに医師が立ち会うのは難しいので、不随意運動が起きた状態を動画で撮影していただけると、後で医師が診断するヒントになるかもしれません。

もしALSの診断が確定していない段階で起きた場合は、てんかんや脳腫瘍といった他の疾患かどうかの鑑別が必要になります。念のため病院を受診されると良いでしょう。

――関節が固まって自力での曲げ伸ばしが困難になる「関節拘縮」も、ALSの患者さんでしばしばみられる症状かと思います。

関節拘縮は最初からある症状ではなく、関節を動かさない時間が長くなることで起こります。ALSの患者さんは症状が進行すると自力で体を動かすことが難しくなりますから、(関節拘縮は)十分起こりえます。拘縮はALS特有の症状ではなく、二次的な症状と言えます。

――ALSの患者さんは痛みを訴えることがあります。やせて皮下脂肪が減って寝具などに骨が直接当たることなどが原因として挙げられるかと思いますが、関節拘縮との関連はありますか。

拘縮した関節を無理に動かそうとすれば、痛みが出る可能性はもちろんあります。

――関節拘縮にはどのように対応していけばよいでしょうか。

関節拘縮が起きていた場合は、無理に動かすことはしません。医療側のアプローチとしては、拘縮が起こる前にリハビリで他動的に体を動かして(拘縮を)予防しています。関節拘縮が起こると、体位交換にも制限が出てきてしまい褥瘡(じょくそう)の原因にもなりますので、拘縮予防は療養生活上とても大事です。

取材後記

現時点では、ALSを完治するための治療法はありません。そうした中、患者さんは様々な症状と向き合っています。今回紹介した症状もそのうちの一つです。筋萎縮のようにALSを解説している書籍やウェブサイトを眺めていると、当たり前のように記載されている症状もありますが、改めて理解を深めていただけたらと思います。