狂犬病は1957年以降、日本国内での発症はなく、その脅威は過去のものとして忘れられつつあるのかもしません。しかし、海外では今もなお感染例が報告されており、注意が必要な病気です。また、狂犬病は発症すると有効な治療方法はなく、ほぼ100%死に至る病気です。正しい知識を持ち、しっかりとした予防を行うことが不可欠です。本記事では、狂犬病の感染と予防について詳しく解説します。

目次

狂犬病とは

狂犬病は狂犬病ウイルスに感染した犬などの哺乳類から咬まれたり引っ掻かかれたりすることによって起こる感染症です。傷口から侵入した狂犬病ウイルスが神経を伝って脳に達すると、脳炎を起こし、強い不安感、興奮、麻痺、痙攣などの症状を引き起こします。特に水分を飲もうとすると喉の筋肉が痙攣し、水を恐れるようになる恐水症と呼ばれる狂犬病特有の症状があらわれます。

感染から発症まで、およそ1~3か月の潜伏期間がありますが、発症すると治療の手立てはなく、10日ほどで呼吸不全によって死に至ります。狂犬病の症状や発症のメカニズムについて、詳しくは「狂犬病の「恐水」ってどんな症状?感染から発症までを解説」をご参照ください。

狂犬病の発症状況

狂犬病は日本国内では1957年を最後に発症者を出していませんが、海外渡航者が現地で感染し、帰国後に発症し死亡するケースは報告されています。狂犬病は世界的には流行しており、狂犬病の発生のない国(狂犬病洗浄国)はきわめて少ない状況です。WHOによると、年間の死亡者数は55,000人に達し、アジア地域だけでも31,000人が狂犬病により死亡しています(厚生労働省より)。

狂犬病の感染源は犬だけではない

コウモリ-写真

狂犬病の感染原因となる動物で最も多いものは犬です。しかし、犬以外の動物からも感染する可能性があり、注意が必要です。

地域ごとのおもな感染動物

  • アジア、アフリカ : 犬、猫
  • 中南米 : 犬、コウモリ、猫、マングース
  • アメリカ、ヨーロッパ : キツネ、アライグマ、スカンク、コウモリなどの野生動物

狂犬病の感染経路

狂犬病は、感染した動物の唾液人の粘膜や傷口に接触することで感染します。咬まれたり引っ掻かれたりすることによる感染のほか、傷のある手を舐められたりくしゃみなどの飛沫が目や唇などの粘膜に直接触れることでも感染します。また過去には、角膜移植や臓器移植による感染の例も報告されています。なお、ウイルスに接触したりさらされることを感染暴露といいます。

狂犬病の予防

世界地図と飛行機-写真

狂犬病は発症すると有効な治療法のない病気です。このため、まず第一に感染を予防することが非常に重要となります。また、感染した場合にも、迅速な処置により発症を防ぐことが肝心です。

感染を予防する

予防接種(暴露前ワクチン接種)

狂犬病の流行地域に渡航し、動物との接触の可能性がある場合は、渡航前に狂犬病ワクチン(※)の予防接種を受けることが推奨されています。暴露前ワクチンを接種することで、狂犬病に感染した動物に咬傷された場合の処置を、少しだけ軽減することができます。

狂犬病ワクチンによる充分な免疫力を得るためには、4週間間隔で2回の皮下注射と6~12カ月後の追加注射が必要となります。原則として一度に複数の予防接種はできませんが、海外渡航までに時間がない場合は、同時接種も可能です。医師に相談のうえ、必要な予防接種を受けましょう。

狂犬病予防接種が受けられる医療機関は、厚生労働省検疫所のホームページ(FORTH)で調べることができます。

狂犬病ワクチンとは

狂犬病ワクチンは、ウイルスの毒性をなくし、免疫をつけるのに必要な成分を取り出してワクチン化した不活化ワクチンです。国内のワクチンは非常に安全性が高く、注射した部位の腫れや痛みなどの軽度の副作用以外には,副作用の心配はほとんどありません。

むやみに動物に近づかない

狂犬病の流行地域には野良犬や猫が多くみられます。日本国内とは違い、これらの動物はすでに狂犬病ウイルスに感染している可能性があります。また、その他の野生動物にもむやみに近づいたり、手を出したりしないようにしましょう。

動物に咬まれた!発症を予防する

渡航先で動物に咬まれるなど、狂犬病感染の可能性がある場合は、速やかに現地の医療機関を受診し処置を受ける必要があります暴露後予防接種(PEP)は狂犬病の発症を防ぐ処置であり、狂犬病が疑われる動物と接した状況にしたがって以下のように区分されています。

接触状況の区分と推奨される暴露後予防

狂犬病が疑われる動物との接触状況による区分 暴露後予防接種の方法
区分1 動物に触れた。動物に餌を与えた。

動物に正常な皮膚をなめられた。

なし
区分2 素肌を軽くかじられた。

出血のない引っ搔き傷や擦り傷ができた。

迅速なワクチン接種

創部の処置

区分3 単回または複数回の皮膚を貫く咬傷・擦過傷ができた。

傷のある皮膚をなめられた。

なめられて粘膜が唾液に汚染された。

コウモリと接触した。

迅速なワクチン接種

狂犬病免疫グロブリンの投与

創部の処置

(厚生労働省検疫所HP参考にいしゃまち作成)

創傷処置

応急処置として直ちに石鹸と流水で傷口を充分に洗浄します。石鹸ポビドンヨードなど、狂犬病ウイルスを殺菌する物質で最低15分間、感染性物質の洗い出しと傷の洗浄を徹底して行います。

暴露後ワクチン接種

狂犬病ウイルスに感染した可能性のある場合は、速やか狂犬病ワクチン接種を行います。

暴露後ワクチン接種のスケジュールは、暴露前ワクチン接種を行っていない場合と、行っている場合とで異なります。暴露前接種を行っていない場合は、国内標準法では、受傷時(0日)と以後3、7、14、30、90、日の6回接種が行われます。暴露前接種を行っている場合には発症のリスクは低くなります。暴露前接種を受けた時期に応じて必要な回数は異なりますが、直後と3日目の最低2回のワクチン接種は必要です。(加害動物が明らかな場合、その動物の以後10日以上生存が確認された場合は、加害動物に狂犬病の感染はないと判断されワクチン接種は中止となります。)

抗狂犬病ウイルス免疫グロブリン投与

さらにワクチンに加えて抗狂犬病ウイルス免疫グロブリン咬傷部位への投与が行われます。ワクチン同様速やかに(受傷後24時間以内)開始する必要があり、開始が遅れたケースや免疫グロブリンを投与しなかったケース、または咬傷部位に投与しなかったケースなどは、発症を回避することができていません。

なお狂犬病の診断(検査)は、狂犬病を発症し、狂犬病ウイルスが脳内で増殖した後でなければ陽性(狂犬病ウイルスが存在しているという結果)にはならず、受傷直後や潜伏期間中に狂犬病への感染の有無を調べることはできません。なお、感染の可能性が高い場合は、検査ではなく速やかに処置を受けることが必要です。

まとめ

狂犬病は海外ではいまだに感染の危険性のある病気です。感染を予防するためには、流行地域や動物への接し方を理解し、流行地域に渡航する際には予防接種を受けるようにしましょう。また、予防接種を受けていても、受傷してしまった場合にはすみやかに現地の医療機関で適切な処置を受けましょう。

また、海外で処置を受けずに帰国した場合や暴露後ワクチン接種の途中で帰国した場合にも迅速な治療および治療の継続が必要になります。帰国時に検疫所か、または最寄りの保健所医療機関に相談しましょう。