中枢神経系(脳と脊髄)にある神経の線は、リン脂質という脂肪に類似した成分でできた組織に包まれています。多発性硬化症は、神経を包む組織が壊れて、なかの線がむき出しになった箇所が、あちこちに発生する病気です。神経の電気信号が正常に伝わらず、目が見えないなどの「視覚障害」や、手足が痺れる、お風呂に入っても熱いか冷たいか分からないなどの「感覚障害」が起こります。厚生労働省が定める神経難病に指定されています。

目次

脳や脊髄の神経を包んで守る組織

私たちが思考すること、記憶すること、手足を動かすこと、内臓の活動、体温調整など様々な働きは、中枢神経(脳と脊髄)からの指示によって行われます。脳が判断した指示は、電気信号となって、神経の線(神経線維)を通り、脊髄から末梢神経に伝わり、全身に行き渡ります。

中枢神経の神経繊維は、ミエリンと呼ばれる組織で包まれています。その組織を「髄鞘(ずいしょう)」といいます。髄鞘は、神経線維同士を絶縁するため、そして電気信号による情報伝達が速く、正確に行われるようにするため、神経線維をいつも守っています。

多発性硬化症は、中枢神経の髄鞘が破損する病気です。多くの領域で病変が発生し、病理解剖などでは脳や脊髄の一部に触れた時、硬く感じられる病変箇所があることから、多発性硬化症と呼ばれています。Multiple(多発性) Sclerosis(硬化症)の頭文字をとって「MS」とも呼ばれます。

視力・歩行・感触などに異変

歪んだ視界-写真

神経線維の髄鞘が壊れた状態を「脱髄(だつずい)」といいます。脱髄は、よく電線のゴム被膜(絶縁体)が破れた状態に例えられます。裸の銅線が出ているのと同じです。

脱随は大脳、小脳、脊髄、視神経など中枢神経のどこにいつ起こるのか、箇所や時期に規則性はありません。そのため、症状は人によって様々です。視神経や眼球を動かす神経の障害によって「視力が悪くなる」「視野に異常が出る」「ものが二重に見える」などの症状はよく起こります。他には、次のような症状が急にあらわれます。

  • 運動障害(ろれつが回らない、食べ物が飲み込みにくい、など)
  • 平衡障害(まっすぐ歩けない、ふらふらする、など)
  • 感覚障害(痛みや温度がわからない、手の感触が鈍い、など)
  • 排尿障害(回数が増える、尿が出にくい、失禁する、など)
  • 異常感覚(手足がチクチクする、痺れる、震える、など)

髄鞘には修復機能が備わっており、障害された髄鞘が自然に修復すると、神経機能は回復し、症状は改善します。しかし、再発することが多く、起こっては治るがくり返される慢性疾患(治療が長期にわたる病気)です。

脱髄の病変部位として視神経と脊髄を含む場合、従来Devic病という診断名で多発性硬化症の亜型であると考えられていましたが、最近の研究結果により視神経脊髄炎(neuromyelitis optica:NMO)という独立した疾患であることが判明しています。

ウートフ徴候

体温が上昇することで一時的に病気の症状が悪くなる場合があり、これは「ウートフ徴候」と呼ばれています。入浴時や気温が高い環境、汗をかくほどからだを動かした際にみられることがあります。

多発性硬化症は、脱髄が起こる場所によってさまざまな症状が出ますが、体温上昇に伴い症状が悪化するウートフ徴候は、この病気に特徴的な症状です。

自分を外敵と見て、攻撃する異常反応

多発性硬化症が発症する原因は、いまのところ解明されていません。何らかのウイルス感染等をきっかけに、異常な免疫反応が起こり、自分の体の組織(髄鞘)を外敵と見なして攻撃してしまう自己免疫反応が病気に強く関わっていると考えられています。

日本では馴染みがないようですが、欧米ではよく知られた病気です。発症者は白人に多く、世界全体では約300万人以上の患者がいるといわれています(国立精神・神経医療研究センター/神経研究所より)。

日本国内の患者数は、2012年の調査で約1万7000人と発表されています(厚生労働省より)。幅広い年齢に発症していますが、30歳前後に多く見られます。男女比は、1:3で、男性に比べて女性の発症する割合が高いのが特徴です(東北大学大学院医学系研究科より)。

厚生労働省が定める特定難病に含まれています。申請することで、治療費の自己負担の一部が公費で負担されます。

神経内科でMRIなどの検査を

急に前記のような症状が見られたときは、神経内科を受診しましょう。次のような検査をいくつか行ったうで総合的に判断し、他の病気でないことを検討した後に、多発性硬化症との診断がなされます。

MRI(磁気共鳴画像)検査

脳や脊髄の断面写真を撮り、脱髄や炎症の大きさや分布を確認します。

誘発電位検査

体に刺激を与えて、どのように脳脊髄に伝わるかを調べます。脱髄が起こっている箇所では、神経の伝達が遅くなります。

脳脊髄液検査

背中から背骨のあいだに針を刺して脳脊髄液を採取し、調べます。脳脊髄内の炎症が確認できます。

まとめ

多発性硬化症は、中枢神経の神経繊維を覆う「髄鞘」のあちこちを、自分自身で攻撃して壊してしまう病気で、国の特定難病に指定されています。症状は、急に視覚障害、運動障害、感覚障害などが起こります。30歳前後が発症のピークで、やや女性に多く、再発をくり返す特徴があります。はっきりした原因は分かっていませんが、自己免疫的な機序が推測されています。根治は依然難しいですが、最近いくつかの新しい治療法が開発されています。