麻疹(はしか)は、予防接種の普及に伴い日本においては2015年3月に排除宣言をされた「過去の疾患」でありました。しかし、本年(2016年)では海外渡航歴がある成人を感染源とする発生が報告されております。また、感染者が大規模なコンサートに参加し2次感染が懸念されるなど、再びクローズアップされてきております。麻疹は特効薬がなくワクチンのみが予防手段であること、特効薬がなく重症化する可能性が高い疾患であります。ここでは、最新の麻疹感染の歴史と近年の感染状況の傾向と、ちょっと気になる疑問に対しての回答を記します。

目次

麻疹(はしか)の歴史~ワクチン接種率向上の成果と国際認定~

麻疹の予防接種は1978年に始まりました。この時点ではまだ1回接種でありました。1989年から、現在では日本では認可されていないMMRワクチン(麻疹・おたふくかぜ・風疹)ワクチンが認可されましたが、おたふくかぜワクチン株による髄膜炎の多発から1993年にこのMMRワクチンは中止となりました。このワクチンによる副作用の懸念により、現在の10~30歳台の方では接種率は低下しました。2006年から現在のMRワクチン(麻疹・風疹)が定期接種として導入され2回接種が開始されました。しかし、翌2007年には麻疹が流行し、ワクチン接種率が低い前述の10~30歳台の方がその多くを占めました。このため、2008年より中学生・高校生にも麻疹ワクチンを暫定的に接種が行われ、「国内麻疹排除」に向けた取り組みが行われました。

現在ではワクチン接種率はほぼ100%と向上しております。

この成果を図表に提示します。

麻疹ウイルスの検出状況-図解

この結果、2015年には世界保健機構(WHO)より「麻疹排除状態」と認定されました。

 

しかし、厚生労働省は2016年の8月24日、広域で麻疹患者が発生する恐れがあると発表しました。

国立感染症研究所の感染症発生動向調査による今年(2016年)の麻疹累積報告数は、8月末の時点で19例であり、7月ごろから報告数が増え始めています。

千葉県では7月22日から8月21日まで発生した10例の報告があり、いずれも海外で流行しているタイプ(海外輸入株)と判明しました。9例(90%)に予防接種歴がなく、0~1歳の乳児例が5例(50%)を占めました。また、集団感染はないものの、東京・兵庫・北海道・静岡・茨城・三重では外国で流行しているタイプ(インドネシア・モンゴル・オーストラリア)で流行が検出されております。

また、麻疹を発症したと判明した成人がコンサート会場に参加したため、集団感染を懸念する報道も記憶に新しいと思われます。1人の患者が平均何人の人に感染させるかを表す感染基本係数18と極めて高いため、コンサート会場や体育館等などの広い会場では、免疫がなければ同じ空間にいるだけで感染し、発症する危険性が高くなります。このように麻疹感染は、本年において海外輸入株を中心に、形を変えた感染拡大が懸念されています。

麻疹感染症の症状と経過、受診時の配慮

麻疹の初期症状は、発熱カタル症状(鼻水、眼球結膜の充血など風邪の症状)です。これらが3日程度続いた後、口腔内には特徴的とされる白い粘膜疹(コプリック斑)が現れます。半日から1日経つと、一旦体温は下がったかのように見えますが、すぐに高熱となると同時に体に発疹が出始めます。この発疹は、ベタっと絵の具で塗ったような「紅斑」であり、全身に広がります。3日程度で解熱し、発疹は色素沈着(黒ずんだイメージ)を残します。

感染経路は主には空気感染であり、感染力は前述のように非常に高いです。潜伏期間(ウイルスに感染してから症状が出るまでの期間)は1014であり、とくに海外渡航がある、人が多く集まる場所に行っていた等があり発熱・発疹・ひどいかぜ症状がある場合は、感染拡大を予防する観点から、医療機関には事前に連絡してから受診していただくことをお願いします。また、症状があるうちは自宅での安静を推奨します。

麻疹感染の合併症

熱を出した女の子2-イラスト

いずれも、重症化・難治性です。

1.肺炎

細菌の二次感染による肺炎、また自己免疫の暴走による間質性肺炎です。

2.中耳炎

細菌の2次感染により生じ、麻疹患者の約5~10%にみられる最も多い合併症の1つです。

3.クループ症候群

クループ症候群の原因である喉頭炎および喉頭気管支炎は小児(特に乳幼児)の麻疹の合併症として多くみられるもののひとつです。

4.心筋炎

心筋炎、心外膜炎をときに合併することがあります。麻疹の経過中半数以上に、一過性の心電図異常が見られるとされますが、重篤な結果になることは低いです。

5.脳炎

麻疹を発症した1,000例に1例の割合で脳炎を合併します。発生頻度は中耳炎や肺炎のようには高くはありませんが、肺炎とともに死亡の原因となります。

6.亜急性硬化性全脳炎

麻疹に罹患した後、710年で発症することのある中枢神経疾患です。学校の成績低下などを示唆する知能障害運動障害が徐々に進行し、ミオクローヌス(筋肉に素早い稲妻のように突発的に起こる収縮)など、身体を動かす時に使う神経である錐体・錐体外路症状を示します。発症から平均6~9カ月で死亡する、進行性の予後不良疾患です。麻疹ウイルスの中枢神経細胞における持続感染により生ずるとされますが、本態は未だ不明です。発生頻度は、麻疹罹患者10万例に1とされています。

修飾麻疹とは

麻疹に対する免疫が不十分な人が麻疹ウイルスに感染し、軽症で非典型的な麻疹を発症した場合、「修飾麻疹」と呼んでいます。例えば、以下のような軽い症状の場合です。

  • 潜伏期が長い
  • 37度台の発熱
  • 発熱期間が短い
  • 発疹が手足だけで全身には出ない
  • 発疹は急速に出るが融合しないなど

しかし、修飾麻疹はその感染力は弱いものの周囲の人への感染源になります。

以前では母体由来の移行抗体が残存している6か月未満の乳児や、ヒトガンマグロブリン製剤を投与された後に認めておりました。最近では、麻疹ワクチン既接種者が体内での麻疹への抗体が減少して麻疹に罹患する場合がみられます。

予防手段はワクチンのみ

麻疹には特効薬がないので、MRワクチンの2回接種による予防が重要です。このワクチンは、海外渡航を行う上では重要であります。

麻しん含有ワクチン(主に接種されているのは、麻しん風しん混合ワクチン)を接種することによって、95%程度が免疫を獲得することができると言われています。また、2回の接種を受けることで1回の接種では免疫が付かなかった5%未満の人に免疫をつけることができます。

卵アレルギーでも大丈夫?

卵アレルギーの方も、MRワクチンはニワトリの胚細胞を用いて製造されており、卵そのものを使用していないので、アレルギー反応の心配はほとんどないとされています。

乳児の接種の注意点は?

定期接種では認められていない乳児期の麻しんワクチン接種は、移行抗体や免疫反応の未熟性から、1回接種のみでは不十分な可能性があり、月齢12ヶ月以降に2回目の接種を定期接種として行うことが望ましいとされています(生後8~11ヶ月児におけるワクチン接種成績では、麻疹ウイルス抗体の獲得や副反応が月齢12ヶ月以上の乳児への接種に比べてやや低い報告もあります)。

まとめ

麻疹(はしか)感染症は、ワクチンの接種率向上により国内株は「排除」とされましたが、今後は海外株が流行する恐れがあります。麻疹には治療薬がなく症状は重篤になる傾向があります。2020年の東京オリンピックにかけて、今後は海外観光客の増加も見込まれるため、2回のワクチン接種が個人のレベル感染と大きな集団感染予防に重要です。