認知症とは、脳の細胞が死んでしまったり働きが悪くなったりすることで、認知機能や精神機能に障害を起こし、持続的に日常生活や社会生活に支障をきたす状態を指します。中でもアルツハイマー型認知症は、記憶機能を司る海馬という脳の部位が障害されやすいため、初期から物忘れや時間や場所がわからないなどの見当識障害が見られることが多い認知症です。また、判断力・理解力の低下も比較的初期から見られることがあります。今のところ認知症の原因疾患の中で最も多いタイプです。

アルツハイマー型認知症はどうすれば予防できるのでしょうか?またかかってしまった場合の治療法にはどのようなものがあるのか、見てみましょう。

目次

アルツハイマー型認知症はいつから気を付ければいい?

1980~2000年代にかけて行われた調査によれば、日本国内での認知症の有病率は3.8~11.0%(日本神経学会(PDF)より)といわれており、その後も高齢化に伴い増加傾向にあります。中でもアルツハイマー型認知症は認知症の原因疾患の中でも割合が高く、特に女性に多いと考えられています。

このアルツハイマー型認知症は、まず側頭葉と呼ばれる部分の内側にある海馬の脳神経細胞が障害されるところから始まります。そのため、初期症状として、最近の出来事が思い出せなくなるといった物忘れから始まることが多いです。出来事の内容を忘れてしまうのではなく出来事自体を忘れてしまう物忘れや、時間や場所がわからなくなってしまう見当識障害などの症状は、アルツハイマー型認知症の症状である可能性があります。

アルツハイマー型認知症の予防

おもちゃの野菜

アルツハイマー型認知症は、アミロイドβタウという蛋白質が関係していると考えられていますが、詳しい発症の仕組みはわかっておらず、現在もなお有効な治療法がありません。しかし、認知症の研究が進む中、生活を取り巻く環境の影響が大きく関わっていることが明らかになってきました。脳の状態を良好に保つためには、食生活や運動習慣を整えること、人や社会と交流することや知的行動習慣・活発な精神活動を意識した日常生活行動が重要だといわれています。

生活習慣病

認知症と生活習慣病との関連には多くの研究報告があります。中でも、糖尿病はアルツハイマー型認知症の発症のリスクを高めるという報告が多くあります。また、中年期の高コレステロール血症も、高齢期以降の認知症発症リスクを高めるといわれています。糖尿病・高コレステロール血症は、疾患自体が心疾患や脳卒中などのリスクを高めるという点だけでなく、アルツハイマー型認知症との関連においても、適切な治療が必要といえます。

一方で高血圧に関しては日本の久山町研究(福岡県粕屋郡久山町の住民約8,400人を対象にした脳卒中・心血管疾患の調査)では脳血管性認知症のリスクを高めますが、アルツハイマー型認知症との関係ははっきりしていません。また、他の国内外の報告でも高血圧は脳血管性認知症のリスクは高くなりますが、アルツハイマー型認知症のリスクには影響しないとの報告が現在のところ主流です。

食習慣

特定の栄養素がアルツハイマー型認知症のリスクを下げるという確定的な研究はありません。これは、アルツハイマー型認知症をはじめとする認知症の治療法を客観的に評価する試験を行うことが難しいなどの問題があるためです。現状報告されている研究は、観察試験(対象者の日常的な行動を調査することで、ある行動や要素の治療・予防効果を調べる方法)によるものです。

比較的最近の研究によれば、高カロリー食、低たんぱく食、低脂肪食は認知症リスクを高める傾向にあるとの報告がされています。これは、糖尿病や高コレステロール血症が、アルツハイマー型認知症の発症リスクを高めることと関係があると考えられています。一方、葉酸、ビタミン A、B12、C、E を多く摂取している群では、アルツハイマー型認知症の発症率が低いとの考察もあります。

また、地中海式の食事はアルツハイマー型認知症を予防するとの報告があります。これはオリーブオイルの効果が考えられています。オリーブオイルはオレイン酸という不飽和脂肪酸を比較的多く含みますが、このオレイン酸がコレステロールをコントロールする作用があるとの報告や、オリーブオイルの中でもエクストラ・ヴァージン・オイルに多く含まれるオレオカンタールという物質には抗酸化作用、抗炎症作用があり、アミロイドβの排出を促進する作用を有するとの報告があります。他にはインドではアルツハイマー型認知症が少ないことが分かっていますが、これはカレー等に使われるターメリック(ウコン)によるものと考えられています。

以上、色々と挙げましたが食習慣については、「この栄養素が認知症を抑制する」「この栄養素が認知症を引き起こす」とはっきり分かっているものはなく、あくまでもバランスの良い食事を心がけることが大切でしょう。

運動習慣

定期的な運動の習慣は、アルツハイマー型認知症を含む認知症の予防や、認知機能低下の抑止に関連があるとの報告が多くなされています。一部の研究によれば、運動習慣を取り入れることは、すでに発症したアルツハイマー型認知症を改善する効果も報告されています。

認知症の防止、進行抑止のためにも、運動の習慣を取り入れることが強く推奨されています。

余暇活動

余暇活動は、認知症の発症リスクを低減させる効果があるといわれており、特に本人が積極的に参加することが重要とされています。活動を通じて他者と関りをもつこと、相手の表情や気持ちに注意を向けながらコミュニケーションをとること、活動に参加することで活発な精神活動が行われること、社会的な役割を担うこと、心地よい刺激(快刺激)を受けることが、認知症の予防・抑止に関連していると推察されています。

しかし、余暇活動にはゲームや芸術鑑賞などの知的要素、からだを動かす身体的要素、人と交流したり活動に参加したりするなどの社会的要素など、さまざまな要素が含まれています。これらの個々の要素がどんな効果を持っているのかは不明であるため、今後の解析に期待が寄せられています。

喫煙

喫煙の習慣がある人は、喫煙の習慣がない人に比べ、アルツハイマー型認知症をはじめとする認知症原因疾患を引き起こす割合が高いことが分かっています。

アルツハイマー型認知症の治療

箱庭

アルツハイマー型認知症は、どんなに注意していても、100%予防できるわけではありません。認知症になってしまった場合の治療法として薬による薬物治療と、薬以外の非薬物療法があります。

非薬物治療

アルツハイマー型認知症では、脳の神経細胞が壊れることで記憶障害などの中核症状が現れますが、一度壊れた神経細胞は元には戻りません。しかし、記憶障害や認知機能の低下の影響により起こる不安やイライラなどの行動・心理症状は、周囲の人の対応の仕方などの環境やリハビリによるケアにより比較的大きな影響を受けます。そこで非薬物治療は、行動・心理症状を改善する目的で行われます。

非薬物治療には、音楽療法、園芸療法、回想法、認知リハビリテーション、作業療法、リアリティオリエンテーションなどがあります。どれも、患者さんが他者とのコミュニケーションをはかったり、自身の役割や生きがいを見つけたり、活動を通して嬉しい・楽しいといった感情を刺激したりすることで、症状の改善に効果があると考えられています。

音楽療法園芸療法

音楽を鑑賞したり、演奏すること、植物を育てることで感情の安定や自発性の改善に役立ちます。

回想法

昔の事を思い出そうとしたり、そのことについて他の人と話したり聞いたりするなどのコミュニケーションを取ることで脳を活性化させることが期待できます。このことにより認知症の症状の進行を遅らせることが期待できることに加えて、輝かしい自分の思い出を蘇らせることで心理的に安定したり、自信を回復することからも認知症の行動・心理症状を軽減させることが期待できます。

認知リハビリテーション

音読や書き取り、計算問題などのドリルに取り組みます。

作業療法

料理や掃除などの家事を中心に、家庭内の役割を担う作業を行います。

リアリティオリエンテーション

自分は誰で、ここはどこかなど、自分と自分のいる環境を正しく理解する練習を重ねます。

薬物療法

行動・心理症状に関しては非薬物療法でまず改善を試み、どうしても必要な場合には薬物を使用することもあります。対して、中核症状に関しては壊れてしまった脳細胞を生き返らせることは(少なくとも現在の医学技術では)できないため、症状の進行を遅らせることを目的に薬物を使用します。症状の進行抑制を目的に使われる薬物には大きく分けてコリンエステラーゼ阻害薬NMDA受容体拮抗薬の2種類があります。

コリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン)

アルツハイマー型の認知症では、脳の神経細胞の神経伝達物質(アセチルコリン)が少なくなることがわかっています。神経伝達物質(アセチルコリン)は、アセチルコリンエステラーゼと呼ばれる分解酵素によって分解されてしまいます。そこで、コリンエステラーゼ阻害薬により、アセチルコリンエステラーゼの分解酵素としての働きを阻害することで、神経伝達物質が分解されるのを防ぎます。

コリンエステラーゼ阻害薬にはドネペジル、ガランタミン、リバスチグミンの3種類があります。食欲不振、悪心、嘔吐、下痢といった副作用の可能性があり、一部の患者さんは継続が難しい場合もありますが、いずれも安全性の報告された薬です。

NMDA受容体拮抗薬(メマンチン)

アセチルコリンのほかに、グルタミン酸という神経伝達物質も関係していることが知られています。アルツハイマー型認知症では、グルタミン酸の濃度が常に高い状態にあり、これを受け取るNMDA受容体が活性化します。NMDA受容体が過剰に活性化すると、発生した電気シグナルにより記憶の情報伝達が混乱したり、神経細胞が傷つけられてしまいます。

NMDA受容体拮抗薬は、過剰な電気シグナルの発生を抑えることで記憶の情報伝達を整え、神経細胞を守る役割があります。

まとめ

認知症は、加齢以外にも生活習慣などが発症のメカニズムに関わっていることが示唆されつつも、研究を行うことが難しい分野でもあり、確率された治療法などはありません。しかし、予防・治療として推奨されている食習慣を整えることや運動の習慣をつけることは、糖尿病や動脈硬化などの生活習慣病予防に役立ちます。また、積極的に社会に参加することは豊かな生活を支えてくれるものでもあります。認知症だけでなく生活習慣病予防という観点からも、心身ともに健康的な生活習慣を心掛けていけたらよいですね。