百日咳(ひゃくにちぜき)は、ワクチン接種前の乳児がかかると肺炎・脳炎などのリスクがあり重症化する症例が多い疾患です。これまでの確定診断には有用な検査法がなかったため、臨床経過により診断されていた疾患ですが、2016年にガイドラインの改定による発症早期の診断、特に成人発症例の早期診断・治療が可能となりました。ここでは、百日咳の診療に関して、改定されたガイドラインを含めて解説します。
百日咳の診断~これまでの方法~
百日咳を含めた予防接種は、現在では4種混合ワクチンに含まれております。これまでは3種混合ワクチンとして予防が行われてきましたが、このワクチンの効果はだいたい10年程度で低下することが示唆されておりました。2000年代からは、成人、とくに20~30代の百日咳感染が問題視されてきましたが、その診断は血液検査が主であり、確定診断には2回の検査を要することもあります。一方、乳児例では経過・症状からその診断は容易でありますが、確定診断は血液検査に頼っている現状でありました。
この血液検査とは、百日咳菌が作り出す毒素に対しての抗体(抗PT-IgG抗体)を調べる検査です。この検査の問題点は、一度でも前述のワクチンを行った型であれば、ワクチン接種によりこの値が上昇してしまうため、症状がある時と症状が回復した時(おおむね2週間後)の2回の検査を必要とすることです。このために、百日咳感染と診断されるには長い時間がかかること、また、百日咳菌に対して高い治療効果がある初期(咳や鼻水などの初期である「カタル期」)に適切な治療ができないという問題点がありました。これ以降の時期では、治療効果は低くなってしまうのです。
百日咳感染症の検査の新しい手法

こうしたデメリットを改良するため、2016年10月に、従来の血液検査にかわって、百日咳の存在を確認する方法として後鼻腔でのぬぐい液を採取しての検査方法が認可されました。みなさんにとっても、インフルエンザの流行時期にはおなじみでありますが、鼻の奥に綿棒のような物を入れて、病原体の有無を評価する方法です。この検体に関して、百日咳菌の遺伝子(DNA)の有無を評価します。これを、核酸増幅法(LAMP法)と言います。
検査方法は、インフルエンザの検査と同様に鼻に綿棒を入れて、その検体を検査会社に送り、百日咳菌の有無を判定します。結果が判明するまでは、血液検査では2-4週間(2回検査を要するため)を要したところ、新たな検査では2-3日程度と短縮されました。
ガイドラインでの百日咳菌の診断基準・治療の変化
この検査方法の変化に伴い、百日咳菌の診断基準と治療方針の目安となる「ガイドライン」が2017年に変更となりました。この診断基準は小児から成人まで幅広く対象としています。
1歳未満 | 1歳以上(成人を含む) |
咳がみられ(期間の特定はなし)、 下記の特徴的な症状が 1つ以上みられた場合 |
1週間以上の咳がみられ、 下記の特徴的な症状が 1つ以上みられた場合 |
吸気性の笛声 (息を吸うときに 「ヒュー」という強い 吸い込みが聞こえる) |
吸気性の笛声 (息を吸うときに 「ヒュー」という強い 吸い込みが聞こえる) |
発作性の連続した咳 (顔を赤くするくらいに 咳こみが続く) |
発作性の連続した咳 (顔を赤くするくらいに 咳こみが続く) |
咳をした後の嘔吐 | 咳をした後の嘔吐 |
無呼吸発作 (チアノーゼの有無は問わない) |
無呼吸発作 (チアノーゼの有無は問わない) |
これらの診断基準を満たし、検査診断で陽性であれば、百日咳菌の確定診断となります。
世界的には、百日咳の診断基準は「2週間以上の咳」という期間になっています。しかしこの新しい診断基準では、それが「1週間以上」に短くなりました。また、ガイドラインでは、重症化する傾向が強い1歳未満の場合では咳の期間を限定せず早期診断・早期治療ができるような改定となりました。
百日咳菌の治療とこれからの展望
新しい検査により、成人を含めた百日咳患者の確定診断と早期治療が重要であることが認識されました。ただ、前述の検査法(LAMP法)でも、結果が判明するまでには数日間がかかるため、症状経過から百日咳を疑った場合には、検査した時点での抗菌薬(マクロライド系統など)の内服も推奨されます。その理由としては、百日咳菌は感染力が強いため、治療開始が遅れると、重症化しやすい乳児への2次感染が懸念されるからであります。
また、これまでは成人の百日咳感染症の診断は経過や症状によるところが多かったですが、この検査方法により診断の精度があがり、発生の動向をよりよく把握することが可能となりました。つまり、成人にも百日咳が生じていることが明らかになってきているのです。これにより、乳児期に接種する4種混合ワクチンのみでは不十分な思春期・成人における感染防止のため、諸外国のように追加のワクチン接種を検討できるかと思われます。
まとめ
百日咳感染症は、新しい検査方法が導入されることにより、今後は早期診断・早期治療が可能となります。重症化する傾向がある乳児感染を予防することも、慢性的な咳を訴える成人の早期治療を行うことも重要であります。これに加えて、現時点での日本では導入されていない百日咳ワクチンの思春期における追加接種なども感染予防の観点からは課題となります。