前回「副腎皮質ホルモンとは。生命維持に不可欠なホルモン、役割、作用」は副腎皮質ホルモンとステロイドについて、おおまかにみていきました。今回は副腎皮質ホルモンの過不足で生じる疾患についてみていきましょう。副腎皮質ホルモンの過不足について書かれた書物、webサイトは多く存在しますが、いずれも糖質コルチコイドの多寡のみにフォーカスを絞ったものが多く、副腎皮質ホルモン全体を俯瞰するようにまとめたものが、なかなか見当たらなかったため、ここでは細かく触れていきたいと思います。

目次

副腎皮質ホルモン3つの種類

副腎皮質ホルモンとは-図解

まずは復習です。副腎皮質ホルモンには、鉱質コルチコイド、糖質コルチコイド、アンドロゲン(男性ホルモン)の3種類があります。多すぎても少なすぎても問題となるので、鉱質コルチコイドは腎臓から分泌されるレニンによって、糖質コルチコイドとアンドロゲンは視床下部および下垂体によって、量をコントロールされています。各ホルモンの詳しい説明は、下記記事をご覧ください。

副腎皮質ホルモンのコントロール-図解

鉱質コルチコイドが多すぎる疾患

原発性アルドステロン症

副腎にできる腫瘍です。高血圧、低カリウム血症などが起こり、低カリウム血症では筋力が低下し、脱力感を感じたり疲れやすくなったりします。また血糖値を下げるインスリンが効きにくくなるインスリン抵抗性も生じます。

実は高血圧の患者さんは、原発性アルドステロン症が原因であるケースがかなり多くあります。治療は副腎を手術で取ったり、抗アルドステロン薬を用いたりします。

鉱質コルチコイドが少なすぎる疾患

先天性副腎皮質酵素欠損症

生まれながらにして、副腎皮質で鉱質コルチコイドを作る過程に必要な酵素が欠損している病態です。最も多いのは21-水酸化酵素欠損症で、低血圧男性化が起きます。男性化が起きる理由は、鉱質コルチコイドが作られない分、男性ホルモンであるアンドロゲンが作られるからです。

塩類喪失性腎症(RSWS)の一部

塩類喪失性腎症(RSWS)は腎臓から塩類、特にナトリウムが必要以上に漏れ出てしまう病気です。その結果、血液中のナトリウム濃度が低くなり(低ナトリウム血症)、脳浮腫、それによる意識混濁、悪心、嘔吐などをきたします。

脳出血や脳炎、髄膜炎などの中枢性疾患が原因です。これらの中枢性疾患は、腎臓への交感神経刺激を障害されることがあります。すると普段、腎臓からレニン(鉱質コルチコイドの分泌を促すホルモン)というホルモンの分泌が減ってしまいます。鉱質コルチコイドは体内のナトリウムを保つ働きをしますが、こうして鉱質コルチコイドが減ってしまうと、腎臓からのナトリウムの排泄が増えてしまうのです1)。

※RSWS=renal salt wasting syndrome

高齢者鉱質コルチコイド反応性低ナトリウム血症(MRHE)

鉱質コルチコイドは腎臓の尿細管という場所へ働きかけ、ナトリウムが必要以上に尿中に出ていかないようにしています。しかし加齢により、腎臓の尿細管は鉱質コルチコイドへの反応が鈍くなります。

反応が鈍った分を補えるだけ腎臓からのレニンの分泌がなされ、これに伴い副腎からのアルドステロン(鉱質コルチコイド)も分泌増加があれば良いのですが、補えない場合には低ナトリウム血症をきたします。著しい場合には脳浮腫、それによる意識混濁、悪心、嘔吐などをきたします。治療は鉱質コルチコイドの経口投与などを行います2)。

※MRHE=mineralocarticoid-responsive hyponatremia of the elderly

糖質コルチコイドが多すぎる疾患

クッシング症候群

副腎に腫瘍があり糖質コルチコイドを多く分泌するケースと、副腎以外に腫瘍があり、糖質コルチコイドを多く分泌するケースとがあります。糖質コルチコイドが多すぎる疾患群をまとめてクッシング症候群と呼びます。

症状としては、肥満、顔に皮下脂肪が沈着し、まん丸顔になる満月様顔貌やムーンフェイスと呼ばれる症状、肩に皮下脂肪が沈着し、野牛のような肩になるバッファローハンプといった症状、お腹の皮膚に肉割れのような赤い線が入る症状、他にも高血圧、糖尿病、脂質異常症、骨粗鬆症、うつ状態などを来たします。ステロイドの副作用というと、このクッシング症候群に起きうる症状を指すことも多いです。

副腎以外の腫瘍というのは、下垂体に腫瘍があり、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)を多く分泌する場合や、肺などにACTHを分泌する腫瘍ができることもあります。

持続性のストレスが、脳に障害をもたらすことも

ストレスに対する適度な糖質コルチコイドの分泌増加は、生理的に正常で、むしろ必要なものです。しかしストレスの程度が強く、長期間持続した場合はどうなるでしょうか。

うつ病を長期間患っていると、脳の海馬が萎縮してくることがわかっています。これはストレスにより糖質コルチコイドが増加し、それにより海馬が障害を受けてしまうためと考えられています。これをうつ病のCRH仮説と呼びます3)。

糖質コルチコイドが少なすぎる疾患

慢性副腎不全

一般的に糖質コルチコイドが少ない状態を副腎不全といいます。慢性のものと急性のものとがありますが、急性のものは命に関わる危機(crisis)なので急性副腎クリーゼと呼びます。本稿では主に慢性副腎不全について述べます。

慢性のものには副腎に問題がある場合と、視床下部や下垂体に問題がある場合とに分けられます。慢性副腎不全全般の症状としては疲れやすい、倦怠感、食欲不振、無気力、体重減少、低血圧、微熱などです。慢性副腎不全では糖質コルチコイドの補充が必要となります。

副腎に原因があるケース

副腎に問題がある場合の原因としては、自己免疫によるもの(アジソン病など)、結核などの感染症、癌の副腎転移などが挙げられます。

視床下部・下垂体に原因があるケース

視床下部や下垂体に原因がある場合としては、ステロイド薬を長期に渡って使っていたのを急に使用を止めた場合、視床下部や下垂体に腫瘍があったり、頭の中の腫瘍が視床下部や下垂体を圧迫している場合、頭部外傷などによりCRH(コルチコトロピン放出ホルモン)やACTH(副腎皮質刺激ホルモン)の分泌が低下している場合などが挙げられます。

特に下垂体に障害があるケースは、ACTHだけの分泌が無いACTH単独欠損症もあれば、ACTH以外の下垂体ホルモンの分泌も低下している汎下垂体機能低下症の場合もあるので、この可能性も念頭に置いて検査をし、見落としが無いようにする必要があります。血液検査で下垂体ホルモンの血中濃度を測定したり、ホルモン刺激試験などを行い診断します。

「副腎疲労」は存在するのか?慢性副腎不全の一歩手前?!

近年、「副腎疲労」「副腎疲労症候群」「アドレナル・ファティーグ」というワードを書籍やwebなどで見聞きする機会が増えてきました。1990年台にアメリカ人医師のジェームズ・L・ウィルソン博士が提唱した概念です。慢性副腎不全ほどではないけれども、日々のストレスや生活習慣の乱れによって副腎が弱り、糖質コルチコイドの分泌が低下し、疲れやすい、朝、起きられない、体が動かない、だるいなどの症状がでてしまう状態を指します。治療には生活習慣の改善や栄養療法が行われるようです。

「副腎疲労」を提唱する医師たちは、この疾患が見逃されており患者さんが治療の機会を逃していると主張しています。とても興味深い概念ですが、現時点では確立されているとは言い難いと思います。私としては副腎疲労という可能性は今後、更に検討しても良いと思いますが、現時点で副腎疲労の診療を行っている医師が、栄養療法、分子整合栄養医学(オーソモレキュラー)の医師達で、そこに内分泌や神経内分泌の専門医が関わっていない点を危惧しています。

特に、「副腎疲労」と安易に診断してしまうことにより、軽度の慢性副腎不全や、下垂体機能低下症などの見逃しにつながらないか、それらを除外した上で副腎疲労の可能性を考えているのか、この辺りに関しては慎重になるべきと考えます。この点、診断に用いられる方法はまだまだ検討の余地があるといえるでしょう。

そしてなぜ副腎が疲れていると断定できるのか疑問が残ります。副腎ではなく、下垂体が疲れている可能性もあるでしょうし、もっと上の視床下部が疲れている可能性も考えられる訳で、この点も試験などにより検討の余地があると思われます。

また副腎疲労症候群の患者さんの約8割が甲状腺機能低下症状を合併するそうです5)。しかし、これは慢性副腎不全と慢性甲状腺炎の合併であるシュミット症候群という内分泌疾患であったり、下垂体の複数のホルモンの分泌が低下した汎下垂体機能低下症である可能性があります。これらの疾患にはそれぞれの治療法があるため、こうした疾患を見逃すことなく適切な治療を行うことが大切です。

疾患概念と糖質コルチコイドの分泌量の関係-図解

副腎アンドロゲンが多すぎる疾患

副腎腫瘍・下垂体腫瘍など

副腎に腫瘍があり副腎アンドロゲンを多く分泌するケースと、ACTH(副腎皮質刺激ホルモン)が多く分泌されることにより副腎アンドロゲンが多く分泌されるケースとがあります。前者は副腎癌など、後者は下垂体腫瘍や肺などの腫瘍によります。原因疾患の治療が必要となります。症状としては多毛、骨格や性器の男性化、にきびなどがあります。

副腎アンドロゲンが少なすぎる疾患

アンドロポーズ

女性の閉経をメノポーズと言いますが、副腎アンドロゲンが加齢により減少することをアンドロポーズと言います6)。副腎アンドロゲンであるDHEA(デヒドロエピアンドロステロン)は若返りホルモンと呼ばれており、男性においては血中のDHEA濃度が高い方が死亡率が低いという報告があります7)。

副腎アンドロゲンが少ないと疲れやすく、活力低下、肥満、糖尿病や動脈硬化、骨粗鬆症になりやすいです。アンチエイジングの一環として、アンドロポーズに対するDHEA補充療法を行っている医療機関(保険適応外)もあり、投与量や投与期間などは模索されている段階です。

おわりに

今回は副腎皮質ホルモンをひとつずつ、それぞれ多くなる疾患、少なくなる疾患についてみていきました。ちょっと専門的な話が多いきらいがありましたね。副腎疲労など、内分泌系の医学会ではあまり議論されないものの、世間的には徐々に見聞きすることが多くなった事柄についても著者の現時点での見解を加えました。DHEAも最近は注目されてきていますね。今後も新しい知見が出てくる可能性のある分野です。