前回は膵臓から分泌されるホルモンを総論的にみていきました(「膵臓にある世界一小さい島とは?分泌される4種のホルモンと働き」より)。今回はその中でも生命の維持に最も関与しているインスリンにフォーカスをあててみましょう。

目次

おさらい~インスリンを簡潔に言うと~

高血糖にならないようにしているホルモンです。組織の細胞内にブドウ糖、アミノ酸、カリウムを取り込ませたり、肝臓でグリコーゲンの合成を促したり、脂肪組織で脂肪の合成を促したりします。エネルギーを体に蓄える同化ホルモンの一種です。

そもそもなぜインスリンが必要なのか

これにはおおまかに言うと二つの理由があります。

① 高血糖になると生きていけないため

② 同化ができないと栄養を体に貯め込むことができず、ひょろひょろに痩せ細ってしまうため

です。

高血糖になると生きていけない!?

①について詳しくみていきましょう。人間の血糖値は健康な人の場合、70~130 mg/dLの範囲内にあります。血液中の糖(正確に言うとブドウ糖)は血糖と呼ばれますが、尿を作っている腎臓にも血液は行き渡ります。

しかし通常は尿に糖はでていきません。尿に糖がどんどん出て行ってしまったら、体から栄養がじゃじゃ漏れになってしまいますね。まるで車のガソリンタンクに穴が開いたまま、道路を走るのと同じになってしまいます。それでは困るので、腎臓には糖を漏らさない仕組みが備わっているのです。

ただし、これは血糖値が正常な場合のみ。血糖値が170 mg/dLを超えると、この仕組みがカバーしきれず、尿に糖が漏れ出してしまうのです。そうすると栄養がじゃじゃ漏れになってしまいますし、それ以外にも困ったことが起きます。

糖は水を引き寄せる力があります(浸透圧といいます)。そのため、腎臓から尿が作られる際に、糖が含まれていると、体の中の水分も一緒に連れて行ってしまい、脱水になってしまうのです。脱水が進んでしまったら人間は生きていけません。糖尿病が未治療であったり、治療中でも血糖コントロールが悪い状態だと尿量が多くなるのはこのためです。

同化作用が働かないと、栄養を貯蓄できない!?

次に②について詳しくみていきましょう。食べ物として取り込んだ栄養分は、消化管の中で吸収しやすい状態まで分解されます。これを消化といいます。また、消化管から吸収された栄養分が、筋肉や脂肪といった形で体に肉付くことを同化といいます。

人間は24時間絶え間なく生命活動を営んでいます。寝ている間にも心臓は動いていますし、息(呼吸)をするための筋肉も意識せずとも動いています。それ以外にも全ての体の細胞は代謝を行っているのです。このような生命活動には言わずもがなエネルギーが必要です。

しかし、私達は24時間絶えず食事をし続けることはできません。そのため限られた食事の回数(私達日本人は1日3食の人が多いですが、民族や時代、環境によって食事の回数は変わります)で必要なエネルギーを摂取して、体の中に貯めておき、必要な時に使うようになっています。このエネルギーを貯め込む際にインスリンが必要となります。インスリンがほとんど分泌されない1型糖尿病患者さんが治療を開始する前の状態では、食べていても痩せ細ってしまうのはこのためです。

インスリンの各臓器への働きかけ

聴診器とハートのオブジェ-写真

肝臓

肝臓は食後には血糖を取り込み、空腹時には血糖を放出します。またタンパク質や、中性脂肪の構成成分であるグリセロールを材料にしてブドウ糖を作る糖新生を行います。肝臓に貯蔵されたブドウ糖や、また糖新生により作られるブドウ糖は、空腹時のための脳みその栄養となります。

インスリンはこれらのうち糖新生を抑える働きがあります。糖分は脳みそにとって必要な栄養分ですが、当然のことながら急激に血糖値を上げるような食事の食べ方は避けるべきです。肝臓が血糖を取り込むはたらきはインスリンには依りません。インスリンは食後に得られたブドウ糖からグリコーゲンを合成するのを促進します。

筋肉

筋肉には心臓の筋肉と骨格の筋肉とがありますが、ここでは主に骨格の筋肉についてみていきましょう。筋肉は体を支えたり動かしたりする役割のほかに、糖分などからだに必要な物質を貯蔵する役割も担っています。骨格筋は基礎代謝の熱消費量の30~40%程度を占めます。実際には運動をしたりするので、もっと大きい割合の熱消費量を占める(すなわちブドウ糖を利用している)といえます。インスリンによって骨格筋へのブドウ糖取り込みが増えます。またブドウ糖のみならずアミノ酸やカリウムも取り込みたんぱく質の合成を促進します。

脂肪組織

インスリンはブドウ糖を中性脂肪に作り替え、貯蔵させる働きがあります。蓄えられる中性脂肪が多くなると、いわゆる肥満になる訳です。この観点に着目して、インスリンが“肥満ホルモン”と呼ばれることもあります。それを意識して“低インスリンダイエット”なるものが流行したりする訳です。もちろん過度のインスリンは体にとって肥満や高血圧など良からぬことを引き起こしますが、ここまで述べたように適度なインスリンは体に必要不可欠です。

腎臓

尿は血液から作られます。血液が腎臓の糸球体という濾過するところを流れると、尿の原料ができます。ただ、尿の原料の中から、体にとって捨ててしまってはもったいないものを尿細管というところで再吸収します。インスリンは尿細管でのナトリウムの再吸収を増加させます。

ナトリウムは体にとって必要ですが、体内に多すぎると、浮腫んだり、高血圧になったりします。炭水化物を摂りすぎた翌朝には、顔が大きくなりますね。これは脂肪がついたからではありません。そんなに早く脂肪はつきません。炭水化物を摂りすぎると、いつも以上に多い量のインスリンが膵臓から分泌され、それによって尿細管からのナトリウム再吸収量が増えるため、浮腫むのです。

インスリン抵抗性とは

近年、メタボリック症候群が深刻な社会問題になっています。メタボはただ単に太っているという見た目だけの問題ではありません。深刻な病気を引き起こします。

過食や飲酒が多かったり、運動不足などで肥満になると、肝臓や筋肉でインスリンが効きにくくなってしまいます。するとインスリンが過剰に分泌されるようになります。食後に高血糖になったり、高血圧脂質異常症(血液中のコレステロールや中性脂肪が多くなる)などが起きます。この状態が続くと、糖尿病腎臓病心臓病脳卒中などに進展することがあります。このようなドミノ倒しのような流れは“メタボリックドミノ”と呼ばれています。

インスリン抵抗性は改善することができます。一番大切なことは生活習慣の改善です。食べ過ぎ、飲みすぎを避け、運動習慣を身につけることです。糖尿病や高血圧、脂質異常症の治療に用いられる飲み薬の中には、インスリン抵抗性を改善するものもあります。

インスリンの分泌はどのように調節されているのか

食事によって食べ物が胃から小腸に流れると、小腸からインクレチンという消化管ホルモンのひとつが分泌されます。それにより膵β細胞からインスリンが分泌されます。これを第1相分泌といいます。

小腸から糖質が吸収され、血液中の糖の濃度(血糖値)が高くなると、やはり膵β細胞からインスリンが分泌されます。これを第2相分泌といいます。

まとめ~膵β細胞を労わろう~

数あるホルモンの中で、血糖を上げるホルモンは複数あれど、血糖を下げるホルモンはインスリンしかありません

また膵β細胞は無尽蔵にインスリンを分泌する訳ではありません。インスリン抵抗性が出現し、インスリンを過剰に分泌する必要があると、当然、膵β細胞に負担がかかります。こうした状態は長続きせず、いずれ膵β細胞からのインスリン分泌量は減ってしまいます。

こうならないためにもインスリン抵抗性を改善するように、上述のように生活習慣の見直しをされてはいかがでしょうか。