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患者さんと社会が、もとの関係に戻っていけるように

がん患者さんのケアで何より大切なのは、その人が「パートタイマー患者でいられること」。つまり、病気以外の“やること”(仕事など)をしっかり行うことで、相対的に病気の比重を少なくすることが、野澤先生たちが外見の支援を行う理由の一つでもあるといいます。

 

「『命に関わる病気です』と言われたのに常にポジティブだったら、それは躁転換といい、メンタル的には病気です。ただ、ずっと落ち込んでいるとまた違う病気になってしまいます。

健康な人とは、(感情を)プラス・マイナス両方同時に持っていられる人です。だから、患者さんも命に関わる病気だと言われれば落ち込むのが正常です。でも、ずっと落ち込み続けないようにする特効薬は、残念ながらありません。一番良いのは、できる限り今まで通りの生活を送ることです」

 

では、治療中、または治療を終えた患者さんが社会に戻ってきたとき、私たちはどう迎え入れれば「今まで通りの生活」を支えられるのでしょうか。また、患者さんはどう振る舞えば戻りやすいのでしょうか。野澤先生は、患者さんに次のように話すといいます。

 

「まず、病気のことはプライバシーなので、基本的には言う必要はありません。

それでも話すときには、病気のことだけでなく、相手が具体的にできることとセットで言うようにと伝えています。例えば『病気になったので、飲み会は10回に1回しか出られないかもしれない。でも、めげずに誘って』と言えば、相手が楽になるのです。

他にも、仲のいい友達に愚痴を話したければ『あなたに聞いてほしい』と言えば、相手も『来た!』と思いますよね。『そのかわり、ご飯をご馳走するんですよ』とも話します。対等な関係を維持しながらうまく伝えていけばいいと思います。

一方、周囲の人は(本人に)『何か手伝うことはありますか』と聞けばいいでしょう。それ以外のことは、本人が言わなかったら普通にしておくのが一番だと思います」

 

「まずは、仕事仲間として職場に戻ればいい」と言う野澤先生。患者さんが守るべきルールとして、3つのことを挙げました。

 

「まず、(働く)時間を短くしたとしても、その時間はできるだけ前と同じように仕事をしてください。それから、前と同じように受け答えをしてください。最後に、みんなが笑っていたら、面白くなくてもとりあえず笑ってください。会社で求められるのは一緒に仕事をすることですから、仕事仲間として戻ればいいのです。

職場の人も最初は心配しますが、前と同じく仕事ができてコミュニケーションが取れていれば、もとの関係にすっと戻れます。構えずにいればうまくいきますよ、と話をします」

 

「がんで見た目が変わる」と言うと、本人も不安になるし、周囲の人もどう対応して良いか分からなくなりがちです。しかし、外見のことが問題になるのは主としてコミュニケーションであり、そこをどうするか考えていけば、自然とうまくいくことがほとんどだといいます。

 

「人はどんどん歳を取っていって、シミもシワも増え、髪も白くなっていきます。それでも、おばあちゃんはずっとおばあちゃんだし、お母さんはずっとお母さんですよね。

人間関係は、1本の傷がどうこうという話ではありません。最初だけは『印象が変わったな』と思っても、その人らしさは変わらないのです。そこに気づいてもらえれば、患者さんは安心して社会復帰できます」

編集後記

がん治療によって患者さんの外見に生じる変化は、「脱毛」「皮膚の変色」といった症状だけの問題ではありません。患者さんが社会に戻る上で課題となるのがこれらの変化であり、野澤先生が支援しているのはそのコミュニケーションの部分です。

医療の進歩によって、がんは治る病気になりつつあり、社会復帰する人も増えてきています。いつかは、あなた自身やあなたの大切な人が当事者になるかもしれません。その時に、本記事を少しでも思い出していただければ幸いです。

また、アピアランスケアに関してさらに知りたい方は、ぜひ下記のページもご覧になってください。

東京都福祉保健局|がん患者さんとそのご家族へアピアランスケアに関する情報ページ ~外見の変化が心配なときに~

※取材対象者の肩書・記事内容は2018年5月18日時点の情報です。