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自分の思うとおりの表情にならない感情失禁

――感情面に関連して、ALSの患者さんは表情と感情が合わないことがあると聞きます。

嬉しくないのに笑ってしまう、悲しくないのに涙がぼろぼろ出てしまうといったことは、確かにALSや脳血管障害などでみられる仮性球麻痺という症状に合併します。これは感情失禁と言いますが、最近では失禁という表現に配慮して情動調節障害という言い方をすることもあるようです。

この感情失禁は、少なくとも神経変性疾患を診ている医者からすると、そんなに稀な症状ではないと認識しています。

――周囲の人がそうした状況をいきなり目にすると、驚くかと思います。なぜ感情失禁は起こってしまうのですか。

顔の筋肉を動かしているのは顔面神経という神経ですが、ALSを発症すると顔面神経も徐々に動かなくなっていきます。その背景には、顔面神経の上位にある上位運動ニューロンの変性(性質が変わること)があります。

上位の方から変性が始まると、下位の方にある嚥下機能(ものを飲み込む機能)や、顔面の表情筋のコントロールがうまくできなくなってしまいます。そのため笑っている表情がずっと続いたりとか、自分が思うとおりの表情にならなかったりすることなどが起きるのではないかと言われています。

――周囲の人からすると、患者さんの表情が本当の感情からきているのか、感情失禁によるものなのか判断が難しいのかな、という気がします。

周囲の人は「泣いている以上は悲しいんだろうな。何か悲しいことがあるんだろうな」と判断せざるを得ません。しかし、患者さん本人は自分の感情と矛盾する現象が起きると、それをわかっています。本人がどう感じているかが鑑別する上での一番のポイントになると思います。

――感情失禁の対処法はあるのでしょうか。

感情失禁の症状は、数分から長くて十数分ほどでおさまるかと思います。治療薬が無いという現実もありますが、周囲の方や患者さん自身が感情失禁という症状が急を要する症状ではないということを知っておいて、落ち着くのを待つようにして対応されるのが良いでしょう。

ただし感情失禁であるから放置して良いということでもなく、その症状が出るきっかけがなかった等を確認されることは必要と思います。

取材後記

患者さんにとって、病気は簡単に受け入れられるものではありません。なかなか伝えられないことへのジレンマも生まれ、健康なときには表に出る機会がなかった感情も現れることでしょう。介護者の方も、コミュニケーションがうまくいかない状況で、患者さんとのやり取りで肉体的のみならず精神的に疲弊してしまう可能性があります。

ALSについて調べているとき、患者さんと介護者、特にご家族との関係がうまくいかない時期やケースがあることを目にしてきました。なぜそのようなことが起こるのか、個人的に非常に気になっていましたが、病気による感情の変化があり、その変化の影響は決して小さくはないことを今回の取材で理解できました。

地域によって家族をサポートする体制には差があり、また家族以外の支援を受け入れるのに抵抗がある患者さんもいる中、第三者を介在させるのは難しいケースもあることでしょう。今回の記事が、患者さんやご家族の、関係を考えるきっかけに少しでもなれればと思っています。

また、感情失禁についても、「患者さんにはこうしたことが起こる」という、疾患への理解につなげていただければ幸いです。