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スポーツに取り組む上で、怪我はつきものです。頭部外傷の中でも、頭を打った後に起こりうる脳振盪(のうしんとう)を発症することは、決して珍しくありません。では脳振盪について、どういったイメージを思い浮かべますか。ドラマなどで描かれていた、頭をぶつけて倒れ込んだ選手が水を浴びせられて目を覚ますシーンを思い浮かべる方がいるかもしれません。

重篤なイメージはないかもしれませんが、実は脳振盪には、簡単に片付けることのできない様々なリスクが潜んでいます。今回はスポーツの現場、特に学生における脳振盪のリスクやその管理などについて、中山晴雄先生(東邦大学医療センター大橋病院 脳神経外科・スポーツ頭部外傷外来担当)にお伺いし、2回に分けてお伝えします。

1回目は、脳振盪のメカニズムや特徴、リスクなどについてです。

お話を伺った先生の紹介

スポーツの現場では、1ヶ月に4回も脳振盪を起こすリスクがある

--脳振盪のメカニズム、特徴はどういったものなのでしょうか。また、スポーツの現場で起こる脳振盪には、どういったリスクがありますか。

頭蓋骨の中にある脳は、水に浮いている豆腐みたいなものです。(メカニズムとしては)その脳が「グンッ」と動きさえすれば、脳振盪を引き起こすことになります。衝撃の程度が強いかどうかは、直接関係しません。極端なことを言うと、お年寄りの中には尻もちをついただけで脳振盪を起こす方もいます。

脳振盪の特徴として、繰り返せば繰り返すほど、簡単な衝撃でも脳振盪を起こしやすくなってしまう点があります。この点に関しては、脳振盪を起こした後、脳の血液の流れ(脳血流)が下がることが指摘されています。

その状態から回復するには一定期間が必要で、例えば大人であれば2週間程度かもしれませんし、子供は回復までさらに時間がかかります。また、性別でみると、女性の方が男性よりも症状は重くて回復するのに時間がかかりやすいとされています。

回復するまでの期間は脳の敏感さが増しているような状態で、どうしても脳振盪を起こしやすい時期です。その期間に次の衝撃を受けてしまうと、下がっていた脳血流がさらに下がってしまいます。すると症状は余計に重くなりますし、結果的に回復が遅くなってしまいます。

交通事故など日常生活で起こりうるケースと、スポーツの現場で起こるケースとでは、根本的に異なることがあります。例えば、交通事故で1ヶ月に4回頭を打つという人はまずいないでしょう。しかし、スポーツの現場では管理を間違えてしまうと、1ヶ月に4回、いわゆる毎週末に開催される試合ごとに選手が脳振盪を経験することが大いにありえます。

これが大きな問題で、結果として脳振盪を繰り返してしまったり、短期間で症状を増悪させてしまったりすることになるかと思います。

脳振盪は、頭蓋内出血と常に隣り合わせ

--脳振盪そのものはご説明いただいたように、時間が経てば症状は治まるかと思います。一方で、繰り返してしまうなどすると、将来的に認知症や慢性外傷性脳症といった病気を発症するリスクが指摘されています。

脳振盪が持っている危険性を整理することは非常に大切です。ボクサーの怪我としてよく耳にする急性硬膜下血腫(※1)は、死亡率が非常に高く命に関わるものですが、発生機序(起こり方)は脳振盪と全く同じです。これは、脳振盪を起こしたときに一歩間違えていたら出血を起こしていたかもしれないことを表しています。

確かに脳振盪自体は回復しますが、だんだんと症状が重くなったり、回復に時間がかかったり、将来的な問題が併発したりするかもしれないことを押さえておく必要もあるかと思います。

※1…頭蓋骨の内側にあって脳を包む硬膜、くも膜の間に出血が起こり、できた血の塊(血腫)が脳を圧迫している状態。

--脳振盪を起こす人は、急性硬膜下血腫を起こしやすいことはありますか。

必ずしもそういうことではないと思いますが、脳振盪を起こす方は、そのたびに頭蓋骨の中で脳が揺れ動いています。そのときに脳の表面の血管が引っ張られて、(血管が)耐えきれずブチッと切れたら出血してしまいます。脳振盪を起こすこと自体、常に急性硬膜下血腫と隣り合わせにあるという怖さがあります

脳振盪の危険性を認識することが大切

脳振盪 図版

脳振盪が疑われる症状(東邦大学医療センター大橋病院で受診された方に渡している資料を一部改変して作成)

--脳振盪を起こしたかどうか、受傷した本人が判断できるのでしょうか。

脳振盪という病態に対して、正確な診断基準が定まっているわけではありません。脳振盪に代表的とされる症状は頭痛やめまい、注意困難といったものです。現状、スポーツの現場で頭をぶつけた後にこれらの症状がみられて調子が悪く、病院で頭のMRIを撮っても異常がみられない場合、脳振盪という診断の付け方をするのが圧倒的に多数かと思われます。

ただ、脳振盪は細かい評価をしていけばいくほど、様々な症状・身体的異常を見出すことが実際にあります。そういったところを一般の学生レベルで判断できるかというのは、なかなか難しいかと思います。「この症状は病院に行った方がいいんだ」など注意すべき点を本人に意識してもらいたいです。

脳振盪を起こしているからこそ、本人が気づいていないケースもあるでしょう。(試合中に脳振盪を疑うような動きがあった選手が)「前半最後のプレーまで覚えているけど、そのあと自分は何をしていたんですかね?」と試合後に言ってくるケースなどはその典型です。

また、脳振盪は(その症状が)なんとも言えない、言葉にしにくいケースもあるかと思います。そのため(選手から状態を説明された)聞き手によって「そんなの大したことない」と感じられたり、「本当に大丈夫なのかな」と慎重に受け止められたりするなど反応に差が出てきます。

本人の自己申告だけで判断するのは危険です。そこで指導者・教員がSCAT(※)のような評価ツールを事前に準備し、実際に脳振盪が疑われる事象があったときに使って判断してもらいたいです。

※2…国際的な脳振盪の評価ツール。日本臨床スポーツ医学会が公表している「頭部外傷10か条の提言 (第2版)」にPocketSCAT2を一部改変したものが掲載されています(p.15参照)。

次回に向けて

脳振盪は、命を落とす危険がある急性硬膜下血腫と同じ仕組みで起こります。また、将来的に認知症など脳に関わる病気を発症するリスクも問題となっています。では、脳振盪が複数回起こる可能性があるスポーツの現場で、選手や指導者など関係者はどう向き合っていけばよいのでしょうか。次回はスポーツの現場における脳振盪の管理について紹介します。