2015年、北里大学の大村智博士のノーベル生理学・医学賞受賞が決まりました。大村博士の受賞理由は、「線虫寄生による感染症に対する革新的な治療法の発見」。アフリカなどで発生した風土病に対して非常に有効な抗生物質を発見し、多くの患者さんを救ったことが今回の受賞に繋がりました。大村博士が研究したこの寄生虫病は「顧みられない熱帯病(NTDs」ともいわれ、今もたくさんの人々が苦しんでいます。今回は、このNTDsについて解説します。

目次

「顧みられない熱帯病(NTDs)」とは?

「顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases)」は、WHO(世界保健機関)によって定義された17の病気をさします。

世界には、今もなお様々な感染症があります。医療が発達した現在、エイズや結核をはじめとする多くの感染症への対策は十分にとられてきました。しかし一方、熱帯地域や貧困層を中心にみられる寄生虫・細菌感染症の多くは、世界の149の国々で10億もの人々が感染し、年間50万人もの人が亡くなっています。深刻な社会問題となっているにも関わらず、その名前を知っているという方は少ないでしょう。

NTDsは主に、貧困による不衛生が原因となって蔓延します。これらの病気は低所得・中所得の地域に集中してみられるため、NTDsがさらなる労働力の低下の原因となります。そのせいで、より貧困がはびこるという悪循環が起こっているのです。

NTDsが問題となっているのは、以下の国と地域です。クリックまたはタップで拡大してご覧ください。
顧みられない熱帯病-NTDs-の分布-図解

NTDsに指定された17の病気

WHOがNTDsとして指定しているのは、以下の17の病気です。ほとんど知られていない病気が大半ではあるものの、デング熱などは今や熱帯地域だけでなく世界的な広まりを見せています。

病名 感染経路 症状
デング熱 発熱・頭痛
出血熱の症状が現れ、死に至ることも
狂犬病 体内に感染が広がると、痙攣を起こした後、死に至る
トラコーマ ハエなどの昆虫 幼少期に長期間繰り返し感染することで、
大人になってから失明に至ることも
ブルーリ潰瘍 不明 手足の皮膚潰瘍・関節が曲がる
手足を切断しなければいけないことも
トレポネーマ感染症
(イチゴ腫含)
感染した人の体液 手足の皮膚、骨や軟骨などが侵される
クルミ大のコブのようなしこりが皮膚に出現
ハンセン病 らい菌 皮膚や末梢神経に影響
皮膚の色素沈着やまだらな模様が現れることも
シャーガス病
(アメリカトリパノソーマ)
サシガメ 感染後しばらく発症しないこともある「沈黙の病気」
放置すると突然死に至ることも
アフリカトリパノソーマ
(睡眠病)
ツェツェバエ 初期症状は頭痛・発熱・内臓機能の低下
進行すると髄膜脳炎を起こし、昏睡状態に陥った後死に至る
リーシュマニア症 サシチョウバエ 皮膚・内蔵・粘膜皮膚リーシュマニア症の3病型がある
内蔵リーシュマニア症を発症すると死に至ることも
嚢虫症 豚・豚肉 筋肉・眼・脳などあちこちに感染
脳に感染した場合、重症化すると死に至る
メジナ虫症
(ギニア虫症)
ケンミジンコを含む水 感染源のギニア虫が生息する部位に水ぶくれ
成虫が仔虫を生む時に焼け付くような痛みを伴う
包虫症
(エキノコックス症)
犬・ヤギ・牛 肝腫大、皮膚そう痒
重症化すると死に至ることも
食物媒介吸虫類感染症 吸虫に感染した淡水魚・レバーなどの生食 発熱、腹痛
リンパ系フィラリア症
(象皮病)
特定の蚊 リンパ系に大きなダメージを与える
足や生殖器などが異常に肥大するなどの身体障害
オンコセルカ症
(河盲症)
ブユ 皮膚に激しいかゆみ・発疹
重症化すると失明に至ることも
住血吸虫症
(ビルハルツ住血吸虫)
巻き貝を中間宿主とする 初期症状は血尿・血便
進行すると膀胱がんや肝硬変から死に至ることも
土壌伝播寄生虫症
(腸内寄生虫)
幼虫や幼虫包臓卵 貧血・栄養失調・腸閉塞などを引き起こす

出典:「エーザイ株式会社|Access To Medicines|顧みられない熱帯病について」を参考にいしゃまち編集部作成

 ※包虫症は別名「エキノコックス症」ともいい、日本では北海道でみられます。まれに本州でもみられることがあり、2014年には愛知県で確認されました。

NTDsの多くは貧困や不衛生な環境で起こります。そのため、これらの病気の大半は生活水準および衛生環境の改善により予防することができると考えられています。

各国政府や製薬会社・NGOなど、様々な機関が連携して対策をとることが必要です。

身近なところにも!大村博士の発見から生まれた「イベルメクチン」

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今回大村博士の受賞理由となったのは、抗寄生虫薬「イベルメクチン」のもととなる物質の発見です。

1975年、静岡県内のゴルフ場で、大村博士は土の中から新種の放線菌を見つけました。この菌が生産する抗生物質に寄生虫や昆虫を麻痺させる働きがあったため、アメリカの製薬会社がこれを改良して家畜用の寄生虫駆除剤を開発しました。その後この薬がオンコセルカ症(河盲症)の治療にも非常に有効であることが判明し、治療薬として製品化されたのです。

「イベルメクチン」は、私たちの身近なところでも役立っています。実は日本では、以前からこの薬がペットや家畜用の寄生虫駆除剤として用いられているのです。牛やブタの寄生虫を除去するだけでなく、「フィラリア症(犬糸状虫症)」の予防薬として重宝されており、ペットの犬の長生きに貢献しているといいます。つまり、イベルメクチンは人だけでなく多くの動物の命をも救っているのです。

イベルメクチンが有効なもう一つの病気「疥癬」

もう一つ、身近なところでイベルメクチンが使われているのが、「疥癬」という病気の治療です。

疥癬は、皮癬ダニ(ヒゼンダニ)というダニが皮膚に寄生することで起こる病気で、通常疥癬と角化型疥癬の2種類があります。

ヒゼンダニは寄生すると、てのひらや指の間などに疥癬トンネルという横穴を掘り、卵を産み付けます。このほか赤い発疹などが見られ、激しいかゆみがみられます(角化型疥癬ではかゆみを伴わないこともあります)。

この疥癬の治療に、イベルメクチン(製品名:ストロメクトール錠)が用いられます。治療についての詳細は「疥癬になってしまったら…治療薬、周囲の対応は?」をご覧ください。

最後に

大村博士の発見と今回の受賞は、病気の治療に貢献したのはもちろんのこと、多くの人がNTDsを知るきっかけにもなったのではないでしょうか。NTDsは「顧みれば治せるはずの病気」でもあります。医療の進歩とともに、病気で苦しむ人が1人でも減ることを願います。