「摂食嚥下」とは、食物を口に入れて、噛んで、飲み込むという一連の流れを指す医療用語です。私たちは毎日食事をしますが、摂食嚥下障害を抱えた人は食事のたびに大変な思いをするという点でストレスを強いられます。この記事では、なぜ摂食嚥下障害が発生するのか、摂食嚥下障害が発生した場合どう対処するかという2点について、じっくり解説したいと思います。
摂食嚥下障害を招く病気とは?
摂食嚥下機能が低下する病気には大きく器質的障害と機能的障害に分けられます。
器質的障害
動作をする部位自体の欠損による障害です。例えば、口腔がん患者さんが、口腔の腫瘍とその周辺部位を切除したことで起こる嚥下障害などがこれにあたります。
機能的障害
動作をする部位に異常はないもののはたらきが損なわれることをいいます。この点、摂食嚥下障害の原因疾患の約40%は脳卒中であるといわれています(エルメッドエーザイ株式会社より)。脳卒中の場合、嚥下を行う咽頭(喉)や食道といった部位に異常はないものの、脳血管障害により脳からの命令が嚥下を行う部位に届かず摂食嚥下障害が発生します。また、病気に限らず老化による筋力の低下によっても、摂食嚥下障害が起こることもあります。このように起こる摂食嚥下障害は、機能的障害によるものです。
脳卒中により、なぜ嚥下障害が起こるのか
口腔(くち)にも咽頭(喉)にも異常がないのに、なぜ摂食嚥下障害が起こるのでしょうか。機能的障害による摂食嚥下障害を、脳卒中を例に考えてみましょう。
そもそも「嚥下」は、ひとつの部位がひとつの動作を行うわけではなく、いくつかの部位による動作の連携です。通常、次の5つの段階に分けて考えられています。
- 認知期(目で見たりにおいを感じたりすることで、食べ物を認知する)
- 咀嚼期(食べ物を口に入れ、噛む)
- 口腔期(咀嚼した食べ物を、舌でのどに送る)
- 咽頭期(食べ物がのどを通る)
- 食道期(食べ物が食道を通る)
上の段階のうち、3の段階では軟口蓋(食べ物を飲み込む際、鼻に食物が押し上がってこないように口と鼻との間を閉じるための蓋)を、4の段階では喉頭蓋(食物が肺に通じる気管に入り込まないようにするための蓋)を、それぞれ食べ物が通過するときにタイミングよく閉じる必要があります。
軟口蓋や喉頭蓋が閉じる動作は、食べ物が入った刺激が脳に届くことで起こる反射です。ところが、脳卒中により脳血管障害が起こると、梗塞の部位によってはこの反射がうまく機能しなくなってしまい、摂食嚥下障害が起こります。
このような機能的障害による摂食嚥下障害は、脳卒中のほか、加齢による唾液分泌量の低下や口周辺の筋力低下でも発生します。
幸せに食べるため…すぐ実行できるトレーニング9つ

摂食嚥下障害に対する治療は、原因により異なります。器質的障害による場合、再建手術といって、切除などにより失われた機能や形を別の方法で再現させる手術を行います。脳卒中などの機能的障害による場合は、トレーニングにより機能回復を目指します。
以下では、トレーニングのうち今すぐ取り組むことができるものをあげてみました。在宅でも簡単に行うことができます。
口腔ケア
摂食嚥下障害予防や治療の基本となります。特に経口摂取を行っていない場合は、十分な口腔ケアが必要となります。口内を濡れたガーゼなどで拭いたり、歯磨き、入れ歯などの衛生に努めてください。
嚥下体操
顔面や頚部(首)の筋のストレッチやリラクセーションの効果があり、首を左右に回す、背伸びをする、頬を膨らます、舌を出し入れする、パパパ、ルルルなどゆっくり言うなど食事前の準備運動となります。
口唇閉鎖訓練
舌を唇で挟み込む運動です。口輪筋の強化を目的としています。舌を出して唇で挟み込み、舌を引っ張る練習です。
舌筋力増強訓練
口を閉じたまま、舌で口内を押す運動です。 舌への抵抗運動となります。
ハフィング
息を大きく吸ってから「ハーッ」と強く息を吐き出す練習です。排痰法の一つで咽頭内の残留物を除去するためにも有用な練習です。
喉のアイスマッサージ
綿棒などに冷水をつけて水気をとり、舌の付け根や口内を刺激することで嚥下反射を誘発する練習です。
空嚥下(複数回嚥下)
食べ物を飲んだ後に複数回唾液を飲み込むことで残留物を取り除くことができます。
頭部挙上訓練
仰向けに寝た状態で首を持ち上げる練習です。飲み込んだ時に食道の入り口を開きやすくする運動です。
開口訓練
口を開く筋肉が嚥下時に働く筋肉であることを利用して、本気で口を開くことを訓練として行うことで、嚥下機能を改善する訓練です。
まとめ
摂食嚥下とはつまり、ものを食べることです。冒頭でも述べたように、摂食嚥下障害は食事のたびにストレスを感じるため、本人にとってとても辛い状態です。しかし食べることは、生きるために必要なエネルギーを摂ることだけではなく、食事によって美味しいものを美味しいと感じたり、大切な人とのコミュニケーションをとったりすることで、生活をより豊かなものにしてくれます。家族が摂食嚥下障害になった場合、摂食嚥下障害を抱える本人の気持ちに寄り添いつつ、機能回復を目指して根気よくリハビリを行っていくことが大切です。