6月、慶應義塾大学は、結核菌と似た細菌によって発症する呼吸器の病気である「肺非結核性抗酸菌症(はいひけっかくせいこうさんきんしょう)」の患者が急増しており、公衆衛生上重大な感染症となっていると報告しました。しかし、なかなか聞き慣れない「肺非結核性抗酸菌症」という名前。初めて聞いたという方も多いのではないでしょうか。そこで今回は、肺非結核性抗酸菌症とはどういう病気かということを解説していきます。

目次

肺非結核性抗酸菌症(NTM症)って?

そもそも、抗酸菌とは結核の原因となる菌のことであり、結核菌群と非結核性抗酸菌にわけることができます。

その中の結核菌とらい菌を除いた非結核性抗酸菌による感染症が、肺非結核性抗酸菌症(non-tuberculous mycobacteria ; NTM症)です。非結核性抗酸菌は土やほこりの中、水などあらゆる場所に生息しており、そのうち8割がマック菌(M. Avium complex ; MAC)、1割がカンザシ菌(Mycobacterium kansasii)という菌であるとされています。

この病気の特徴は結核とは違い、ヒトからヒトへ感染することはないという点です。あくまで、自然界に存在する非結核性抗酸菌を吸入したり、水や食物を介したりして感染します。

また、進行のペースも数年から10年以上とゆっくりであり、普通の免疫状態であれば結核のように急速に悪化することはありません。また、日本では中高年の女性に多い傾向独立行政法人国立病院機構大牟田病院呼吸器科より。ただし、母数は当病院における入院患者数である)がありますが、最近では若年の患者も見つかっているため、誰でも感染の可能性があるといえるでしょう。

肺非結核性抗酸菌症の流行状況

肺非結核性抗酸菌症の罹患率推移-図解
菌陽性肺結核から結核菌を分離処理したものを培養して抗酸菌を検出した結果、陽性とされたもの

塗抹陽性肺結核:痰を採取して顕微鏡で抗酸菌を観察した結果、陽性とされたもの

 

上記のグラフは慶應義塾大学の長谷川直樹教授らの調査に基づいた、最近約40年間の肺非結核性抗酸菌症の罹患率の変化です。

調査(慶應義塾大学より)によると、2007年から2014年の7年間で、肺非結核性抗酸菌症の罹患数は2.6倍に増えており、推定罹患率は10万人当たり14.7人に達したとしています。また、諸外国の罹患率は最も高い米国で10万人当たり5.5人、オーストラリアでは3.2人にすぎず(Medical Tribuneより)、日本が世界の中で肺非結核性抗酸菌症の罹患率がもっとも高い国であることも判明しました。

肺非結核性抗酸菌症の患者数はすでに肺結核をしのぎ、急激に増加しているものの、有効な治療法が確立されていないため今後の研究が課題であるといえます。

どんな症状があらわれるの?

看護師-写真
肺非結核性抗酸菌症に感染しても、初期では無症状のため気付くことが難しくなっています。

症状が進行すると次第に

  • たん
  • 血痰
  • 発熱
  • 倦怠感
  • 体重減少

といった結核にも似た症状がみられます。また、検診などでレントゲンやCT検査で異常を指摘されて発覚することもあります。病気をはやく見つけるためにも定期的な検診が大切です。

感染が疑われたら?どうやって診断するの?

検査ではまず、胸部X線画像や胸部CT画像で異常な影がないかを調べます。また、痰の中に菌が含まれているかを調査するために菌の培養を行います。しかし非結核性抗酸菌は環境に広く存在するので、1回の検査では感染しているのか判断することができず、2回以上の異なる検査で菌を検出する必要があります。そのため、検査期間が長期にわたることも少なくありません。

菌の種類別の治療法2つ

実は、肺非結核性抗酸菌症に対する有効な治療薬はいまだ開発されていません。そのため、肺非結核性抗酸菌症と診断された場合には、結核に準じた複数の薬による化学療法を行います。

マック菌による肺非結核性抗酸菌症で、緊急性があると判断された場合は、複数の薬を約1年~2年ほど服用します。マック菌には抗結核薬が効きにくいため、治療期間が長引いてしまうのです。このような理由からマック菌による肺非結核性抗酸菌症の治癒は難しくなっています。

逆にカンザシ菌の場合は抗結核薬が有効なため、治療もしやすく、その経過や予後も良好なことが多くあります

感染したら?日常生活で気を付けないといけないこと

肺非結核性抗酸菌症と診断されても、ヒトからヒトへ感染することはないため特別注意しなければいけないことはありません。しかし、重症化させないためにも抗酸菌が住み着きやすい場所(風呂場、シャワーヘッドなど)を清潔に保つようにしてください。

また、免疫力が低下している場合も発病・重症化のリスクが高まるため、

  • 規則正しい生活
  • バランスのよい食事
  • ストレスを溜めすぎない

などにも気をつけて生活するようにしましょう。

肺非結核性抗酸菌症は完治が難しく、経過観察が重要です。放置しておくと悪化してしまうこともあるので、診断された場合にはきちんと通院して治療に励みましょう。

まとめ

肺非結核性抗酸菌症の患者数は今後も増えることが予想されます。しかし肺非結核性抗酸菌は感染力が弱いため、感染しても発症することはあまりありません。そのため、珍しい病気だからといって不安になりすぎず、正しい知識を身に付けることが最も大切だといえるでしょう。