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「妄想」は、現実ではないことを強く確信してしまい、周囲が説得してもその考えを変えられないという症状です。「妄想」は統合失調症、うつ病、認知症などの、私たちの身近にある病気で見られることがあります。患者さんが妄想の内容を現実であると思い込んでいることから、その症状のことを病気とは思わないことがほとんどです。そのため、治療を促すことが難しく、患者さんを支えるご家族が対応に悩むケースが少なくありません。

ご家族など身近な人に妄想が見られた場合には、誰もが対応に苦慮するものです。この記事では、妄想を引き起こす病気の治療や、妄想症状のある人との関わり方についてまとめてあります。

また「妄想とは?」「妄想を引き起こす原因疾患」については、「妄想してしまう病気って?原因となる5つの疾患」の記事で紹介しています。こちらもぜひご覧ください。

妄想を引き起こす病気の治療は?

妄想してしまう病気って?原因となる6つの疾患」の記事でも紹介した、5つの疾患の主な治療について紹介します。

統合失調症の妄想とその治療

統合失調症は妄想が見られる代表的な疾患です。よく見られるのは、患者さんの身近な人に対して、患者さんが被害的に関係づけする被害関係妄想です。近所の人や通行人、あるいは同居するご家族が、患者さんから被害関係妄想によって関係づけられ、「自分のことを監視している」または「悪口を言っている」「噂している」と訴えられることがあります。患者さんによっては被害妄想に左右され、近所に文句を言いに行ったり、警察に訴え出たりする異常行動が見られることがあるので、注意が必要です。また、ラジオやテレビ、新聞やインターネットといったメディアで自分のことが言われているという妄想が見られることもあります。なお、統合失調症では、幻覚の一つである幻聴の症状も特徴的です。患者さんは、誰も周囲に話している人がいない時に、知り合いや家族の声などが聞こえる病的な体験をすることがあり、その体験をもとに被害妄想を持つことがあります。なお、統合失調症の妄想は、一次妄想といい、この後に記載してある気分障害(うつ病、双極性障害)や認知症の場合の妄想と異なり、患者さんがどうしてそのように思い込んだのか理解できない、突飛な内容の場合があります。治療ですが、患者さんにとっては妄想の内容は現実以上にリアルに感じられることから、自分が病気であるという自覚に乏しく、病院を受診させることも難しいことが珍しくありません。治療は幻覚妄想を和らげる抗精神病薬を用います。

うつ病、及びうつ状態の妄想とその治療

うつ病、及びうつ状態は、気分が非常に落ち込むことで、自分に関係することは全てうまくいかないように感じられるものです。そういった病的な抑うつ気分の帰結として、自分に価値がないという内容の妄想、微小妄想が見られることがあります。微小妄想で代表的なものが、心気妄想、貧困妄想、罪業妄想です。それぞれに説明すると、心気妄想は「自分は重病にかかっていて助からない」、貧困妄想は「自分はお金が無くなって破産する」、罪業妄想は「自分は大変な罪を犯した」といった内容です。この中で比較的多く見られるのは、ご高齢で、身体の病気に苦しんでいる、あるいは身体的な不安が強いうつ病で伴うことがある心気妄想です。うつ病で妄想が見られた場合には、うつ病に用いる抗うつ薬に抗精神病薬を追加して治療を行うことがあります。

躁状態(双極性障害)の妄想とその治療

双極性障害気分が病的に高揚する爽快気分が主体となる躁状態と、気分が病的に落ち込む抑うつ気分が主体となるうつ状態の、対照的な二つの気分の状態が見られる病気です。

躁状態にあっては、気分の病的な高揚の帰結として、うつ状態とは逆に、患者さんの願望が確信に至る誇大妄想が見られることがあります。「株で大儲けが出来る」と思い込んで浪費したり、当選すると思い込んで、選挙に出馬すると言い出したり、場合によっては、周囲や本人に大きな損害となる異常行動をとることがあります。典型的な躁状態の場合には、患者さんは自分が病気という認識が全くないばかりか、自分の意に添わないことに反発し、時に激怒します。そのため、治療は困難で、入院治療が必要となることがあります。治療では、躁状態で誇大妄想にまで至った場合には、気分を安定させる気分安定剤に加え、抗精神病薬が必要になるでしょう。

認知症の妄想とその治療

認知症の中で最も多いアルツハイマー型認知症では、記憶障害に伴う被害妄想が見られることがあります。記憶障害のために、自分で置いたものの場所が分からなくなることが頻繁になり、身近にいる人に盗られたと思い込む被害妄想を抱くことがあるのです。被害妄想の対象となった身近な家族などに怒り出したり、興奮したりすることも珍しくありません。また最近注目されているレヴィ小体型認知症では幻視に伴い、被害妄想が見られることがあります。認知症に妄想が見られた場合でも病識に乏しく、病院への受診や服薬を説得することが難しいことがあります。治療では、認知症の方のほとんどはご高齢で、眠気やふらつきといった薬の副作用が見られやすいため、副作用に十分注意しながら、必要最小限の抗精神病薬を用います。漢方薬が有効なこともあります。

妄想性障害の治療

妄想性障害は、統合失調症のような幻聴は見られず、限られたテーマの妄想を持つものです。妄想の内容は多様ですが、被害妄想が多いようです。症状は妄想に限られ、妄想のテーマに関係しないことは普通の人と変わらず、日常生活は出来ていることがあります。基本的に病識は見られず、治療は困難です。治療にあたっては、患者さんとの関係構築が重要であり、抗精神病薬を用います。

妄想を訴える人にはどう関わればいい?

手を繋いだカップル

妄想は、日常でよく見られる精神疾患に伴うことが多く、患者さん本人に妄想が病気の症状であるという認識がないことから、どう関わり対処すればよいのか悩む方は少なくありません。ここでは、妄想を持つ患者さんへの対処法を紹介します。

妄想は否定しない

妄想の内容が非現実的なものでも、あからさまに否定することは避けます。妄想を持っている本人は、時に現実以上にその妄想に確信を持ち、リアリティを感じているため、その妄想を否定する人に不信感を抱きます。患者さんはその妄想によって日常生活にも影響を受け、苦しめられていることがあります。訴えをよく聞き、「辛いね」「大変だったね」などと、妄想による不安や苦しみに共感することが大切です。さらに、妄想を持ちながらも、何とか日常生活に取り組んできた努力を、「よく耐えてきたね」というように、支持してあげることもいいでしょう。また、「変わったことや、困ったことがあったら、何でも言ってね」と声をかけ、患者さんを安心させることも効果的です。妄想を否定してしまうことで、患者さんはこの人には言っても仕方がないと、訴え自体を諦めてしまうことがあります。そのため、患者さんの精神状態を把握するためにも、妄想を否定せず、話しやすい関係を保っておく必要があるのです。

妄想の内容には同意しない

妄想は否定してはいけませんが、その内容に同意したり肯定したりする必要もありません。例えば「みんなが私に嫌がらせしている。」と被害妄想を訴える患者さんに「その通りだよ」と言えば、妄想についての確信やこだわりを強めてしまうことになりかねません。妄想に伴う苦しみには共感するが、その内容が事実かどうかは自分には分からない、といった中立的な姿勢が望ましいでしょう。

妄想が事実でないことを一緒に確かめる

患者さんが訴えている妄想は事実ではありません。そのことを一緒に確かめることで、患者さんの妄想が一時的に解消されることがあります。例えば、「財布を盗まれた」と訴えている人には「一緒に探しましょう」と声をかけ、財布を探し、盗まれていないことを確認します。妄想に基づく不安に寄り添い、一緒に確かめてくれる人がいることに、患者さんは安心感を持ちます。ただ、大抵の場合は、妄想の不安が一時的に和らいでも、訴えは繰り返されます。さらに、患者さんは自分の妄想を証明するために、数知れない「根拠」を示そうとするように見えることがあります。それら全てにいちいち対応しようとして、ご家族や周囲の方が疲れてしまうことは、患者さんとの関係の上でもよくありません。患者さんを安心させようとして無理し過ぎないほうがいいでしょう

治療を促す

妄想を抱いている患者さんは、その妄想が病気によるという認識がないことがほとんどです。しかし、患者さんは妄想に伴って不眠や不安といった何らかの精神的な不調を感じていることがあります。患者さんは妄想を否定されることを嫌がりますので、妄想それ自体の治療というより、妄想に伴う患者さんの症状や困りごとに焦点を当て、周囲が援助を提案することが大切です。周囲の提案に従い、患者さんが受診して服薬に応じた場合には、患者さんは以前より楽に過ごせるようになることが多いものです。その結果として妄想に対するこだわりが和らぎ、妄想に距離を置けるようになるのです。それでも病識は不完全で、服薬のメリットについても曖昧な認識に留まってしまうことが少なくありません。そのため、通院を途中でやめてしまったり、薬を勝手にやめてしまい、病気が再発したり、悪化することがよくあります。また、患者さんは妄想を抱いていることで、周囲に不信感を持ちやすく、被害的になりがちなものです。そのため、周囲の提案に従って通院し、服薬することは、患者さんにも大きな勇気や努力を必要とするものなのです。服薬によるメリットを本人に指摘し、治療への患者さんの努力を支持、賞賛することで、治療の継続を援助しましょう。妄想の治療にあたっては、妄想自体を否定するのではなく、妄想に伴う患者さんの症状や苦痛の軽減を念頭に置いた、粘り強い周囲の関わりが大切です。

まとめ

妄想は、患者さんご本人だけでなく、ご家族や周りの方々が振り回されることが多い症状です。また、妄想を引き起こす病気は、大半の場合で、治療が長期化します。そのため、身近にいるご家族が疲れてしまうこともしばしばあります。患者さんの治療を援助していく上で、ご家族や周囲の人たちが無理のない適切な関わり方を考え、工夫していくことが重要です。