「スポーツ」と聞くと、多くの方は健康的なニュアンスを想像されると思います。しかしながら、近年のマラソンブームとも相まって「スポーツ貧血」という言葉が徐々に認知されつつあります。今回はそんな「スポーツ貧血」に焦点を当てて詳細を記載してみようと思います。

目次

運動がきっかけとなり引き起こされる「スポーツ貧血」とは?

貧血が多く見られる競技例-図解

過剰な運動が引き金となる貧血のことを運動誘発性貧血と呼び、通称「スポーツ貧血」という名前で知られています。
陸上競技選手を典型例として認めることが多く、特に女性に多い傾向があります。

具体的な報告例としては、遡ること1988年ソウル並びにカルガリーオリンピック日本人強化選手を対象とした検査では女性アスリートのおよそ20%において貧血を認めており、特に陸上競技においては6割弱の選手が貧血を呈していました(図参照)。

こうした「スポーツ貧血」は近年におけるアスリートにおいても同様に指摘されており、看過されるべき稀な現象ではありません(神奈川県体育協会スポーツ医学委員会青森県スポーツドクターの会高知県メディカルチェック委員会など)。

スポーツ貧血により選手としてのパフォーマンスが低下するのみならず、日常生活の質に悪影響を及ぼすほどの健康障害が引き起こされることも危惧されます。
最近では健康のためにジョギングをする人も多くなってきており、スポーツ貧血は決してプロアスリート特有の問題ではなく、広く一般的に浸透される知識として対策を講じることが重要です(Cell and Bioscience)。

貧血とは?

ヘモグロビンの構造-図解

そもそも貧血とは、体内の赤血球が正常よりも少なくなっており、身体に見合った酸素供給が満たされていない状態です。

酸素供給に当たっては「ヘモグロビン」と呼ばれるタンパク質が赤血球の中に十分量存在することがとても重要です。
ヘモグロビンは鉄を成分として産生されます。(WHO|anemia)。

貧血になると全身への酸素供給が滞ることから、疲れやすい動悸めまいがするなどの症状を呈します。
長期間貧血状況が持続すると、心臓や脳を始めとした臓器障害を生じることもあります。

スポーツ貧血と関係したことではありませんが、貧血は幼児期のお子さんの神経・認知機能の発達にも重大な影響を及ぼすことも指摘されています(Pediatrics)。
貧血の症状はともすると見過ごされやすいものですが、多大な健康リスクを伴うという認識を持つことはとても大切です。

スポーツ貧血が生じるしくみ

スポーツに関連して貧血が発症するしくみは、複数の要素がいくつも絡み合っており完全には解明されていない部分もありますが、これまでに想定されているしくみを以下に述べようと思います。

1.血液が薄くなる

血液が薄まった状態-図解

スポーツをすると身体の酸素需要が増加するため、酸素をよりたくさん供給できるように赤血球が多く産生されます。

しかしその反面心臓の立場になって考えると、赤血球が多い血液(=粘稠度が高い)を全身に送り出すことは負担が大きくなってしまいます。
そのため心臓の負担を軽減するために、血液を薄めることで血液の粘稠度を低下させるように身体は順応しようとします(=血液が薄くなる、hemodilution

血液が薄まった状態は血液検査でみると貧血の範疇になり、実際に貧血の症状を伴います。

スポーツ貧血のしくみにおいて注意すべき点は、上記の通り実際には赤血球の絶対量が増加しているということです。

通常の貧血では赤血球の数は減少しているのが普通であり、「貧血」という言葉から誤解を招きうる点です。
そのためスポーツ貧血は「pseudoanemia(=偽貧血)」と呼ばれることもあります(Medicine and Science in Sports and Exercise)。

2.鉄分の摂取不足

一般成人であれば一日8-18mgの鉄分が必要とされていますが、授乳中や妊娠期間中など鉄の要求量が増加する状態ではより多くの鉄分を摂取することが推奨されています(NIH|health information)。

スポーツ選手における鉄分摂取の具体的な推奨量は設定されていませんが、赤血球産生が増加している状況を考慮して、通常よりも多くの鉄分を摂取することが推奨されています。

事実、偏った食事をしていることがスポーツ貧血を引き起こす要因である可能性も報告されています(British Journal of General Practice)。

3.赤血球や鉄分の喪失

激しい運動をすると足の裏が強く叩き付けられてしまい、物理的な刺激から赤血球が破壊されることが知られています。
医学的には「行軍ヘモグロビン尿症」と呼ばれています。

また、運動に関連して尿管や消化管からも微量ながらの出血を認めることがあります(運動後の血尿)。

さらに女性であれば特に、生理に関連して定期的に出血することも忘れてはならない貧血の大きな要因です。

また、スポーツ選手は大量の汗をかくことから、汗を通しての鉄分の喪失が多いため貧血になるということも考えられていました。
しかし、最近ではこれに対しての否定的な意見も出ており、議論の余地があるところです(European Journal of Applied Physiology)。

スポーツ貧血においては以上述べたようなしくみが複雑に絡み合っています。

予防や治療の観点からはこれらのしくみを理解することはとても重要なことであり、後編「生活に運動を取り入れている人注目!スポーツ貧血の早期発見と予防を心がけよう!」において具体的にできる対策を述べようと思います。

まとめ

貧血に伴う症状はとても曖昧なことから、ともすると見過ごされがちです。
特に近年においては一般市民において健康志向も高まりつつあり、運動を日常生活に取り入る方も増えてきています。

健康のために始めたスポーツが原因で健康を害してしまっては本末転倒です。
スポーツ貧血は決してプロアスリート特有の問題であるとは考えずに、まさに自分自身にも関係あることとして認識しつつ、予防や治療に繋げることが大切です。