甲状腺とはホルモンをつくる臓器のひとつで、首の前側・喉ぼとけの下辺りにあります。縦 1.5 cm以下、横 5 cm以下の大きさで、15~20 g程度、蝶のような形をしています。他の内臓と比べて、あまり注目されることが少ない甲状腺ですが、実はヒトが生きていく上で欠かすことのできない重要な役割を担っています。

目次

甲状腺ホルモンのはたらき

本稿を執筆中(2017年2月)、ショッキングなニュースがありました。エジプト在住の36歳の女性が、体重 500 kgで寝たきりの生活を送っていたが、治療のため大がかりな移送が行われたとのニュースです。この女性は甲状腺機能を患っていたとのことです。

甲状腺ホルモンには主に、次の5つの働きがあります。ひとつずつ詳しくみていきましょう。

からだの発達成熟と成長

からだ全般の発達・成熟と成長に必要です。赤ちゃんの時期に甲状腺ホルモンが不足すると、骨、内臓、脳などの中枢神経に異常をきたしてしまいます。甲状腺に異常がある場合、体重が正常に増えなかったり、肝臓に異常がある時に出現する黄疸がみられたり、体温や心拍数が低くなります。こうしたことを見逃さないために、赤ちゃんは生まれて5日目頃に採血をして、甲状腺の働きが低下していないかどうか検査します。余談ですが、オタマジャクシは甲状腺ホルモンが足りないとカエルになることができません。

中枢神経系の維持

脳や脊髄の神経のネットワークであるシナプスを作る上で必要となります。また迅速な思考ができるようになります。逆に甲状腺ホルモンが足りないと思考が緩慢となり、認知症のようになります。

代謝促進

甲状腺ホルモンは食事から摂取した炭水化物、脂質、タンパク質を代謝するのに必要になります。炭水化物は腸で糖に分解されてから吸収されますが、甲状腺ホルモンは腸からの糖の吸収を促進し、血糖値を上げます。また脂質については、血中コレステロール、中性脂肪を下げる働きをします。さらに、タンパク質を筋肉に作り替える働きをします。また体の多くの組織での酸素消費量を増やし、基礎代謝を増やします。

交感神経を活性化

交感神経というのは、体を車に例えるとアクセルの役割をするものです。しかし常に活性化していると色々と支障が生じます。イライラしたり、落ち着きが無くなったり、手指の震えや動悸がしたりします。

心拍出量増加

甲状腺ホルモンは心拍出量を増やします。また上の血圧(心臓が収縮する時の血圧;収縮期血圧)を上げ、下の血圧(心臓が拡張する時の血圧;拡張期血圧)を下げます。これらの理由から甲状腺ホルモンが多すぎると、心臓に負担がかかります。

 

前述の体重 500 kgの女性の場合は、ニュースでは甲状腺機能の異常とだけしか報じられていませんが、おそらく甲状腺機能の低下であると推測します。上で説明した甲状腺ホルモンの働きからも分かるように、甲状腺機能の低下により基礎代謝が低下すると、太りやすくなります。また代謝が滞ることにより、皮下組織にムコ多糖という物質が沈着し、むくみを引き起こします。こうした理由で体重が増えてしまうのです。

甲状腺ホルモンには中庸が求められる

バランス-写真

甲状腺ホルモンが代謝に関与しているのであれば、代謝を良くするために甲状腺ホルモンは多い方がいいのでしょうか?答えは否。多すぎず、少なすぎず、ちょうど良い位(中庸)が求められます。

甲状腺ホルモンが多すぎると

甲状腺ホルモンが多すぎると、次のような症状がみられます。

  • 動悸
  • 手指の震え
  • 暑がり
  • 体重減少
  • 下痢  など

イメージとしては、内臓の動きを全て活発にしすぎるイメージです。心臓の動きが活発になりすぎると動悸となり、交感神経が活発になりすぎると震えが出現し、エネルギー代謝が活発になりすぎると暑がり、体重減少が起き、胃腸の動きが活発になりすぎると下痢となり、精神・神経が活発になりすぎるとイライラし、落ち着かなくなるのです。

以前、海外から輸入されたダイエット薬で、様々な健康被害が報告されました。因果関係は不明とされているものの死者も出ています。こうした薬には向精神薬や利尿剤、甲状腺ホルモンが含まれていました。甲状腺ホルモンが少ない病気でないにも関わらず、甲状腺ホルモンを含む薬を服用すると、甲状腺ホルモンが多すぎた状態となり、体に負担をかけます。特に心臓への負担は不整脈や心臓弁膜症、心不全を引き起こし、命の危険がありますので、こういったダイエット薬には絶対に手を出すべきではありません。

甲状腺ホルモンが少なすぎると

逆に、甲状腺ホルモンが少なすぎると次のような症状が現れます。

  • 代謝が悪くなる
  • 太る、体重が増える
  • 浮腫む
  • 寒がり
  • 便秘
  • かすれ声
  • 無気力になる、ぼーっとする など

イメージとしては内臓の動きを全てスローにするイメージです。細かくみていくと、エネルギーの代謝が低下すると、食事から摂取した栄養を上手くエネルギーに変換することができず、脂肪として蓄えられてしまうので太りますし、体温が下がり寒がりになります。また水の代謝がうまく行われず、体全体が浮腫みます。声帯が浮腫むとかすれ声になりますし、腸が浮腫むと便秘になります。便秘の原因には胃腸の動きがスローになるからというのもあります。また精神・神経がスローになると無気力になったり、ぼーっとしたりして認知症と間違われることもあります。

甲状腺ホルモンを調節するしくみ

甲状腺ホルモンを調節するしくみ-図解

(いしゃまち『ホルモンってなに?医師が解説する内分泌総論』より)

脳の視床下部から出された命令が脳下垂体へ伝わり、さらに脳下垂体が甲状腺へ命令を出すことで、甲状腺ホルモンが分泌されます。これらの命令は、全てそれぞれの部位が分泌するホルモンによって伝えられます。

体内でホルモンの過不足が起きないよう、視床下部・下垂体は血中の甲状腺ホルモンの濃度を察知することで、自分たちが分泌するホルモンの量を調節しています。詳しくは下記記事をご覧ください。

甲状腺の病気にはどのようなものがある?!

代表的な病気

よく身近に見聞きする甲状腺の病気として橋本病(慢性甲状腺炎)やバセドウ病があります。

橋本病

橋本病は慢性甲状腺炎とも呼ばれます。日本人の橋本 策(はかる)博士が1912年に世界で初めて論文発表したため、その名を付けられました。本来、細菌やウイルスから体を守るべき免疫が、誤って自分自身の甲状腺を攻撃してしまい、慢性的に炎症が起きている状態がこの病気です。

甲状腺の大きさは当初は腫れて大きくなりますが、長年、この病気を患っているとだんだん小さく萎縮していくこともあります。成人女性の10人に1人、成人男性の40人に1人の割合で橋本病がみられます。とても頻度が高いですね。中年女性に発症することが多いです。

バセドウ病

有名な歌手がこの病気であることを公表したり、有名なサッカー選手がこの病気であると周囲から推測されているなど、近年、バセドウ病という病名も広く知られるようになりました。

バセドウ病の原因も橋本病と同じく免疫の異常です。ただしこの場合の免疫は炎症を起こして甲状腺の組織を破壊していくのではなく、逆に甲状腺を刺激し、そこで作られるホルモンを増やしてしまうのです。

症状は甲状腺が大きくなることによる甲状腺機能亢進症の症状の他に、眼が飛び出した感じになることがあります(これも免疫が眼の周囲の組織を刺激するからです)。

人口1000人あたり0.2~3.2人の割合でバセドウ病がみられます。若い女性に発症することが多いです。

甲状腺の病気の考え方

甲状腺の病気の考え方-図解

よく橋本病≒甲状腺機能低下症(甲状腺ホルモンが少ない状態)、バセドウ病≒甲状腺機能亢進症(甲状腺ホルモンが多い状態)と考えらえることがあります。確かにそのような面もありますが、正確な捉え方ではありません。

甲状腺の病気について考える際に、①大きさの問題、②機能の問題(ホルモンの多寡)、③腫瘍の3つの観点から考えると良いです。

例えば、橋本病では、慢性的に炎症が起きると、甲状腺の組織は徐々に壊されていき、ある程度壊されてしまうと、そこで作られる甲状腺ホルモンも少なくなってしまいます。症状は甲状腺の大きさ(大きくなる場合がほとんど)の異常と、ホルモンが低下した場合には甲状腺機能低下症の症状が現れます。つまり、橋本病は甲状腺機能低下症の原因のひとつといえますが、他の疾患からも甲状腺機能低下症となる場合があります。また、橋本病であっても必ずしも甲状腺機能低下症というわけではありません

また、バセドウ病では甲状腺の炎症により甲状腺ホルモンが増加することで甲状腺機能亢進症となりますが、バセドウ病以外の病気が原因となることもあります。

さらに、腫瘍について考える際、腫瘍があるからといって甲状腺ホルモンが低くなるとは限りません。正常の場合もありますし、腫瘍が甲状腺ホルモンを多く作る病気もあります。また腫瘍の治療(手術など)をしたことによって甲状腺ホルモンが低くなる場合もあります。

甲状腺とヨウ素

甲状腺ホルモンはヨウ素から作られます。しかし逆説的に思うかもしれませんが、ヨウ素の摂り過ぎは甲状腺ホルモンの産生を減らしてしまう場合があります。

特に健康に問題がない方が多少、ヨウ素を多く摂り過ぎた場合にはほとんど問題になりません。しかし橋本病の方、特に橋本病で既に甲状腺ホルモンが低下している方は要注意です。

ヨウ素は海藻、特に昆布が圧倒的に多い量を含みます。橋本病の方は昆布の摂り過ぎに注意しましょう。

終わりに

甲状腺は小さな内臓ですが、とても大切な働きをしていることがお分かり頂けましたでしょうか。そして意外と身近な甲状腺の病気。本稿がその理解の助けになれば幸いです。