炭疽菌は、とても致死率の高い細菌のひとつです。近年、日本での炭疽菌感染症の発症報告はありませんが、発展途上国などではいまだ感染リスクの高い感染症であり、生物兵器としてバイオテロへの使用も危惧されています。この記事では、炭疽菌の感染経路、感染により引き起こされる症状と、予防・治療を中心に解説したいと思います。
炭疽菌はどんな細菌なのか?
自然界に潜む炭疽菌
炭疽菌は土壌などの環境中に、芽胞(がほう)という状態で存在します。細菌は、周囲の環境によって姿形を変えることで、種を残し生き延びようとする性質がありますが、芽胞もそのひとつです。芽胞の状態の炭疽菌は、熱や乾燥に強く長期間栄養がなくても生き残ることができます。
炭疽菌は、動物に感染すると動物の体内で急速に増殖します。ウシやウマなどの草食動物への感染が多いといわれています。そして、感染した動物の血液、体液、死体などで地表が汚染されると、その土壌が感染源となります。
人への感染
次のような場合、人へも感染します。
- 炭疽菌に感染した動物の血液、体液、死体などに汚染された土が傷口に入ったとき
- 感染した動物の肉を食べたとき
- 菌を吸入したとき
炭疽菌が人から人へ、動物から動物へ直接感染することはありません。人や動物への炭疽の発生は、発展途上国や獣医衛生の遅れている国に多く、感染者は世界中で年間2万人に及ぶといわれています(国立感染症研究所より)。
スペイン中部、ギリシャ、トルコ、イラン、パキスタンなどの土壌は炭疽ベルトと呼ばれる炭疽汚染地帯で、ロシア、中央アフリカ、南アメリカなども発生が多い地帯です。
日本では、家畜衛生などの改善により動物の炭疽発生は減少しました。また、ヒトの炭疽は1974年以降ほとんど見られなくなり、1982年と1984年にそれぞれ1例ずつ、1992年と1994年にそれぞれ2例ずつの報告があるのみです(国立感染症研究所より)。
日本においては感染症法により四類感染症に定められており、炭疽菌感染を診断した医師は直ちに保健所へ届け出なければなりません。
炭疽菌によって引き起こされる3つの感染症、その感染経路や症状は?
炭疽菌感染症の主な病型には皮膚炭疽、腸炭疽、肺炭疽があります。いずれも潜伏期間は1~7日程度で、ただちに治療をしなければ死に至る危険があります。
皮膚炭疽
炭疽菌による感染症の95%以上が皮膚炭疽です(国立感染症研究所より)。汚染された土に皮膚が触れただけで感染することはほとんどなく、傷口から体内に菌が入ることで感染します。
潜伏期ののち、まずかゆみがおこり、続いてイボ状のできものができます。できものは水ぶくれのようになり、それがやぶれて皮膚がただれ、最後には硬く黒いかさぶたのような状態になります。このほか、発熱やだるさ、頭痛をともなうケースもあります。
まったく治療が行われない場合、致死率は10〜20%といわれています(国立感染症研究所より)。
腸炭疽
炭疽菌に感染した動物の肉を食べることで感染します。
悪心、食欲低下、嘔吐(おうと、はくこと)、発熱などの症状から始まり、2~3日後に激しい腹痛、吐血(とけつ、血をはくこと)、激しい下痢、血便を生じ、死に至るケースもあります。
未治療の場合、致死率は25~50%といわれています(国立感染症研究所より)。
肺炭疽
菌を吸入することで感染しますが、自然環境での発症はきわめてまれです。
発熱、だるさ、筋肉痛などインフルエンザのような症状で始まり、やがて咳や呼吸困難、嘔吐、寒気、脱力、胸腹部の痛みなどが出現します。
まったく治療が行われない場合、致死率は90%以上といわれています(国立感染症研究所より)。
バイオ兵器として用いられる危険性
自然環境での発生以外に、諸外国において炭疽菌がバイオ兵器として用いられ炭疽菌感染症(肺炭素)を発症した事例があります。先述したように、炭疽菌は致死率が高く、炭疽菌がテロなどに用いられた場合大変恐ろしい兵器です。
1979年、バイオ兵器の開発を行っていた旧ソ連軍の施設から炭疽菌の芽胞が飛びちり、64名が肺炭疽で死亡しています。また米国において、郵便物に炭疽菌が同封されていたという事例がありました。 厚生労働省でもバイオ兵器として用いられる可能性が高い病原体として炭疽菌をあげ、注意をうながしています。
治療法及び予防方法は?

治療法
先述しましたが、治療をしないでいると致死率が高い感染症であるため、炭疽の疑いがある場合には早急に治療を開始する必要があります。潜伏期間であっても、炭疽菌による感染を強く疑うケースでは、症状が出現していなくても治療を開始することが効果的です。
治療には、抗生物質であるペニシリンまたはシプロキサンを使用します。最初は静脈注射での治療となりますが、症状が回復するにしたがい飲み薬にきりかえます。
予防方法
ウシやウマに対する炭疽菌ワクチンはありますが、ヒトに対するワクチンは日本では承認されていません。世界的には実用化されているワクチンがありますが、十分な供給量がなく、長期に渡って3~6回の接種が必要なこと、副作用の発生頻度が多いことから、一般に広く接種することは勧められていません。米国では、中東、朝鮮などへ派遣する兵士にはワクチン接種が行われています。
気をつけなければならないのは、炭疽菌による土壌汚染地帯に出向くケースでしょう。その場合、予防として動物や動物のいる土壌に近づかないようにし、肉や臓器、皮や毛への接触を避けることが望ましいです。また、安全性の確認できない肉は食べないようにすることも重要です。
まとめ
感染リスクの高い国や地域に滞在する場合には、動物との接触を避け、安全性の不確かな肉類については摂取を控えるなど、予防策をしっかりとることが大切です。日本では感染しないと思いがちですが、疑わしい症状を見つけた場合には、早急に受診する必要があることを記憶にとどめておきましょう。