「感染症」と聞いて思い浮かぶのは「インフルエンザ」や「マイコプラズマ肺炎」などではないでしょうか。これらは何をしなくても、感染者が近くにいるだけで感染する可能性があります。しかし、「エイズ」や「梅毒」などで知られる性感染症は、性行為や血液・体液などと触れなければ感染しないため、一般的に偏見が生じるのかもしれません。
自分やパートナーの身体を守るためには、性感染症について正しい知識を持つことがとても大切です。今回は、性感染症の一つである「軟性下疳(なんせいげかん)」について説明します。
性感染症とは?
かつては「梅毒」、「淋病」、「軟性下疳」、「鼠経(そけい)リンパ肉芽腫」の四つを「性病(VD: Venereal Disease)」と呼んでいましたが、性行為によって感染する病気は他にもたくさんあることが分かったので、「性感染症(STD: Sexually Transmitted DiseaseもしくはSTI:Sexually Transmitted Infections)」と名前が改められました。症状のない感染症のクラミジア、エイズなどは、自覚のないうちに人々が罹り、大きく広がる性感染症として問題となっています。
性感染症の種類は?
性行為によって、ウイルス、細菌、真菌、原虫などが感染しますが、どの範囲までを性感染症と呼ぶかは定まっていません。一般的に性感染症と呼ばれているものを表にまとめました。
性感染症 | 原因微生物 |
淋菌感染症 | 淋菌 |
クラミジア感染症 | クラミジア・トラコマティス |
軟性下疳 | 軟性下疳菌 |
尖圭コンジローマ | ヒトパピローマウイルス6,11 |
梅毒 | 梅毒トレポネーマ (スピロヘータ科) |
性病性リンパ肉芽種 | クラミジア・トラコマティス |
性器ヘルペス | 単純へルペスウイルス |
肝炎 | 肝炎ウイルス(B,C) |
ATL | ヒトT細胞性白血病ウイルス(HTLV-1) |
AIDS (後天性免疫不全症候群) |
ヒト免疫不全ウイルス(HIV) |
毛じらみ | 昆虫 |
軟性下疳とは?
軟性下疳菌に感染すると、軟性下疳を発症します。性器に痛みの強い潰瘍をつくり、足の付け根のリンパ節に炎症を起こします。
アフリカや東南アジアなどの熱帯、亜熱帯地方に多く発生しており、日本では終戦直後の性感染症の流行期にときどき見られていました。しかしその後、軟性下疳の発生は減り続け、最近では稀に東南アジアなどで感染してきた患者が見られる程度となりました。
アメリカでは国外からの持ち込みと推測されているものの、軟性下疳は増加しており、アフリカ、東南アジア、南米などでは、梅毒を上回る症例がある地域もあります。
症状
性行為によって軟性下疳菌に感染することが原因となって軟性下疳を発症します。潜伏期間は、2~7日程度です。感染しても数日で発症するので、梅毒やクラミジアのように発見が遅れることはありません。
男性は、亀頭や冠状溝の周辺に赤い豆粒のようないぼができて膿が出てきます。女性は、外陰部の周辺に赤い豆粒のようないぼができて膿が出てきます。形が崩れてつぶれると、深い潰瘍(軟性下疳)になり、こすると血が出て強い痒みを感じます。足の付け根のリンパ節にも大きな腫れや痛みが起こります。
男性も女性も場合によっては、口腔内に症状がでることがあります。
検査予防
性感染症は、性感染症内科(性病科)、泌尿器科、婦人科で検査が受けられます。軟性下疳の症状は特徴があるので、視診と触診のみでも診断がつきます。
軟性下疳は東南アジア、アフリカなどの地域での無防備な性交渉によって感染することが多い病気です。潜伏期間が短く、激痛を伴うため、感染してから性行為を行うことは難しく、パートナーへの感染は少ないとされています。性行為をするときに、正しくコンドームを使うことで感染を防ぎます。
治療
主な治療法は
- 抗菌薬の服用
- 抗菌剤の筋肉注射
- 抗菌剤の軟膏の塗布
の3つです。
軟性下疳の菌をなくすために、抗菌薬を使って治療を行います。治療を始めてから3日以内には症状は軽くなり、7日以内にはかなり改善します。
治療を始めて4~5日経っても症状が改善しない場合は、他の性感染症との併発の可能性を考えます。軟性下疳は梅毒と同時に感染することがあるので、両方に感染したときは、マクロライド系、テトラサイクリン系、ペニシリン系の薬剤を7~14日程度使い、同時に治療を行います。梅毒に効かない薬剤もあるので、1~2か月後に血清反応で症状が改善しているか確認します。
軟性下疳にかかるとエイズにもかかりやすくなるので、診断3カ月後にはHIVの検査も必要となります。
まとめ
軟性下疳は、性行為によって軟性下疳菌に感染して発症する性感染症です。性器に豆粒のようないぼができ、足のリンパに痛みや腫れを起こします。日本では感染者は少なくなりましたが、東南アジアやアフリカなどの地域での無防備な性行為によって感染することがあります。治療には、抗真菌薬が使われています。コンドームを正しくつけることで感染を防ぎましょう。