息を吸ったり吐いたり…普段は無意識に行っている「呼吸」ですが、実は呼吸筋という筋肉が無意識下でも頑張っています。人間は、1分間に15回、1日2万回、一生で6億回も呼吸しているのです。毎日2万回の呼吸に関与する呼吸筋、今回はこの呼吸筋にスポットを当ててみましょう。
呼吸筋はどんな筋肉?
「呼吸筋」というひとつの筋肉があるわけではありません。呼吸をするときに使われる筋肉をまとめて「呼吸筋」といいます。呼吸で使われる筋肉には次のようなものがあります。
- 横隔膜…ちょうど肋骨の一番下あたりにある筋肉です。横隔膜で胸部と腹部を境し、横隔膜が上下することで胸の空間を広げたり縮めたりする役割があります。
- 外肋間筋…肋骨と肋骨を繋げている筋肉のうち、一番外側の筋肉です。
- 胸鎖乳突筋…耳の下あたりから鎖骨に繋がる筋肉で、鎖骨を引き上げます。
- 外腹斜筋、内腹斜筋、腹横筋…この3つの筋肉はおなかの側面にある筋肉で、おなかをへこませるときに使われます。
健康なときの呼吸
普段の呼吸では呼吸筋は「吸う」ときに使われています。横隔膜、外肋間筋が息を吸うのを担当する筋肉です。息を吸うときはこの筋肉がぐっと伸びて、胸の空間を広げ、空気の入りやすい状態を作っています。
吸うときに使った筋肉を緩めると、広がっていた胸の空間が自然と縮まるので、息を吐くことができます。なので、息を吐くときには、特に筋肉は使いません。
自然な呼吸ができないときの呼吸
意識をして深呼吸をするとき、激しい運動をして酸素をたくさん必要としているとき、呼吸器や筋肉の疾患で呼吸がうまくできないときなどは、「努力呼吸」といって、頑張って呼吸をしなければいけない状態になります。
努力呼吸では、息を吸うときは胸鎖乳突筋などが使われます。鎖骨を引き上げることで呼吸に必要な胸の空間を作り、息を吸うのを助けます。
また、息を吐くときも、努力呼吸の状態のときには吸ったときに使った筋肉を緩めるだけでは足りないので、外腹斜筋,内腹斜筋,腹横筋を使って、空気を押し出します。おなかをぐっとへこませて、空気が外に出るのを手伝います。
咳をするときにも使われる呼吸筋
咳には痰を体外に出す働きがあります。咳をするときには、まずは息を吸った後に声帯を閉じることで胸の中の圧力を上げます。そして、その状態から一気に声帯を開放することで強い咳をすることができます。
強い咳をするためには思い切り空気を吸い込む必要があり、このときに呼吸筋のちからが必要です。ある程度大量の空気を吸い込めないと弱い咳になってしまい、痰がからだの外に出てくれません。
呼吸筋が弱くなる原因
さて、この呼吸筋が弱くなると、酸素を十分に取り込むことができず、呼吸が荒く、息苦しい状態になってしまいます。呼吸筋が弱くなる原因としては、主に次の4つがあげられます。
加齢
高齢になると、若いころに比べて全身の筋力が衰えてきます。呼吸筋も例外ではありません。呼吸器の疾患や筋肉の疾患がなくても、加齢で呼吸筋は弱くなります。呼吸筋が弱くなると、少し動くだけでも息苦しくなってしまいます。そのため、「息苦しい→動きたくない→さらに筋力が衰える」という悪循環に陥ってしまいます。
呼吸器疾患
COPD、肺炎、喘息、肺水腫、肺がんなど、肺の機能が衰えるような病気になると肺が十分に膨らまず、呼吸筋が十分に使えない状態になります。呼吸は浅くなり、息苦しくなるため、加齢と同じような悪循環に陥ってしまうのです。
神経・筋肉の疾患
ALS、パーキンソン病、重症筋無力症、筋ジストロフィー、脊髄小脳変性症など、神経や筋肉に関わる病気の場合では、肺の機能は正常でも呼吸筋自体がうまく使えない状態になってしまい、全身に酸素を運ぶための十分な呼吸ができなくなってしまいます。弱っていく筋肉の機能を少しでも保つため、呼吸筋を鍛えるリハビリがとても重要になります。
運動不足
若い年代の方でも呼吸筋が衰えることはあります。日ごろから運動不足で呼吸筋を使う機会が少なかったり、喫煙習慣があって、肺の負担が大きい場合などです。健康診断などで肺活量の検査を行った結果、実年齢より肺年齢が高くなっていませんか?
呼吸筋が弱くなるとどうなる?
実にさまざまな原因で呼吸筋が衰えてしまうことがわかりました。では、呼吸筋が衰えるとどのような弊害があるのでしょうか?
感染症のリスクが高まる
「咳」の項目でも少し触れましたが、呼吸筋が弱くなると胸にたくさんの空気を吸い込むことができないために強い咳ができず、痰がのどにたまってしまいます。痰は咳によってからだの外に出ることで、細菌やウイルスなどの異物が体内に侵入するのを防ぐ役割があります。しかし、強い咳ができずに痰がたまってしまうと、細菌やウイルスに感染しやすくなります(易感染性)。
「無気肺」の状態になる
無気肺とは、肺に酸素が入らなくなることで肺の容積が減少した状態のことです。無気肺の状態になると、容積が減少した部分以外の肺が膨張してしまったり、気管の位置が左右に偏ってしまうなど、肺組織が損傷します。
無気肺自体に特有の症状はありませんが、呼吸がしずらくなったり、咳ができないことで感染症のリスクが高まるといった害が生じます。
さらに筋力低下…「低酸素血症」「高二酸化炭素血症」
そして、呼吸器の疾患では、低酸素血症や高二酸化炭素血症といった症状を併発することがあります。どちらもいわゆる「酸欠」の症状として、頭痛、めまい、発汗、集中力の低下が見られる一方で、それぞれ次のような違いがあります。
低酸素血症
換気をする機能が低下して、静脈血(肺から心臓に送られる血液)中の酸素の量が減少している状態です。酸素の量が減少しているだけであれば、高二酸化炭素血症は併発しないのですが、呼吸筋の障害などで換気機能がさらに低下している状態では、高二酸化炭素血症を併発することもあります。
高二酸化炭素血症
換気をする機能が低下して、動脈血(心臓から全身に送られる血液)中の二酸化炭素の量が過剰になっている状態です。高二酸化炭素血症は低酸素血症が重症化して併発するもので、更に重度になると昏睡や呼吸停止に至ることもある状態です。
呼吸筋のトレーニング
呼吸筋のトレーニングには以下のような方法があります。
深呼吸
呼吸筋を意識をしながら、吸えるだけ吸って、ゆっくり吐く、という深呼吸をするだけでもトレーニングになります。最初はゆっくり5秒かけて吸い、15秒かけてゆっくり吐く、というところから始めます。辛かったらもう少し短い秒数からでもOKです。吸う秒数の3~5倍の時間をかけてゆっくり吐くのがポイントです。どこでもできるトレーニング方法です。
呼吸筋のストレッチ
呼吸筋が固まってしまわないようにストレッチをします。腕や首をゆっくり回すと、胸鎖乳突筋のストレッチに、身体を横に傾けたり、腰をぐるぐる回す動き、伸びをする動き、では肋間筋や腹斜筋のストレッチができます。
呼吸筋の筋トレ
腹筋や腕立て伏せでも呼吸筋を鍛えることはできますが、これは結構大変です。もう少し体の負担が少ない方法で呼吸筋を鍛えたいときには「風船を膨らませる」という方法があります。深呼吸と似ているのですが、深呼吸より負荷がかかります。風船を膨らませるのもなかなか大変なので、呼吸の状態にあわせて、少し大きめのビニール袋にストローを付けて一息で膨らませるという方法もあります。
有酸素運動
呼吸筋の持久力を保つ運動です。少し息切れするくらいの速さでのウォーキング、が身近で行いやすいかと思います。自転車を漕ぐ運動も有効です。ちょっとだけ頑張れば30分はできるかな、というくらいが運動の目安です。
呼吸器の病気になれば、リハビリテーションの指導を受けることができますが、そうでもなければなかなか意識するのは難しいかもしれません。呼吸筋のトレーニングは何も難しいことはないので、日常生活に取り入れていただければと思います。
まとめ
無意識に行っている呼吸ですが、意識してみると、結構な筋肉を使っている活動なのです。高齢の方はもちろんですが、働き盛りの年代でも、座ってばかりの仕事では呼吸筋が弱っていることもあります。意識して深呼吸をすることで、リラックス効果もあるので、「呼吸をする」ということを時々、意識してみてくださいね。